■  暇潰し  ■




「…ハンカチよし、ティッシュよし、筆記用具よし、アルカヤガイドブックよし、金よし、ハリセンよし……アルカヤへ降りる準備完了!」
ここは天界にあるズィック宅。
何時までも無職でいるのに飽き、幼馴染が守護をしているアルカヤにちょっと遊びに行くことにしたのです。
勿論許可などとっていません。
しかし、上にばれた時はばれた時と言う事で片付けるズィック。
本人曰く『だったらなんか仕事をくれー!』だそうです。
しかし、事が大きくならないならそれに超したことは無い。
出来るだけばれる前、早めに帰ってくればいいだけの事。
「……じゃあ、行くとするか♪」
手には、先程確認を取った物以外にも何か入っている事が容易に分かる大きな荷物。
一体彼は何をしに行くのだろうか……。

そのアルカヤのアララスの大通りを歩いているのは法衣を着た青年。
今は夜9時……その青年は酒場へ向かおうとしている途中でした。
「何だ、これは?」
その青年は己が目を疑った……。
青年が見た物は地面に一切の乱れもなく、一列にある方向へと並べられている淡い緑色の羽根だった。
しかし、それが見えているのは青年ただ一人のようだ。
その証拠に周りの人間がそれを目に止めることすらしない。
見えない……それは正しい表現ではないのだろう。
正確には彼らにとってその羽根は存在すらしていないのだ。
直感的に彼女の羽を想像した青年だが、羽根の色があまりにも違いすぎる事からその考えは排除された。
しかし、自分にしか見えないと言う事は天使が関係しているのだろうと青年はそれ、一切の乱れもない羽根の道標を辿って行った。
……着いた場所は何故か酒場。
何処かで間違ったのだろうかと自分の行動を思い返してみるが間違うはずなどなかった、何せ別れ道等無かったのだから。
現に、まだ羽根は店の中まで続いている。
青年は思いきって扉を開けた。
カラカラ
店に客が入って来た事を知らせる鈴が鳴った。
すぐさま店員が青年に寄って来る。
「お客様、お一人ですか?」
確かに一人だったが、今はそれどころではなかった。
「…(やはり、この人達にも見えてないんだな…)…。」
「お客様?」
羽根の方に気を取られていた青年は言った。
「…知合いがいるかもしれないからそこの席でいい。」
「はぁ、かしこまりました。」
店員は訝しげな顔をさせながら奥へ引っ込んだ。
青年が探していた人物は店の隅の方の席にいた。
しかし、どう見ての天使には見えなかった。
次から次へとグラスにワインを注いでは空け、注いでは空けをしている。
そして、瓶が殻になったのだろう。
「マスターもう一本追加頼む。」
「はいよ。」
「サンキュー♪」
その姿を見ていた青年の視線に瓶を持っていた青年は気付いたのだろう。
立ち尽している青年の方へ顔を向け手招きをした。
「?」
不審に思いながらも青年はその青年に近づきました。
「…お前、あいつの勇者だろ。おっと、自己紹介がまだだったな、俺の名はズセフェイラツ・ヴェラウェル・シェルツァーリスルだ。」
明らかに本名とは思えないような名前が出てきました。
しかし、ロクスは色んな奴がいるからと言う事でそのまま受け止めることに。
「……僕はロクス・ラス・フロレスだ。そう言うお前は天使だな。」
「………何、お前今の俺の自己紹介本気にしたのか?」
ロクスの右眉が少し上がりました。
「と、言うことは…お前は僕を騙したのか……?」
「いや、騙したっつーよりちょっとからかっただけだ。じゃあ今度は本名を、ズィック・セナル・フォレシスだ。」
「で、お前は天使なのか?」
ズィックは御名答〜と言った感じでグラスに口をつけます。
「……ロクス、お前酒飲めるか?」
「ああ、飲みに来たからな。」
「じゃあ、俺奢ってやるからよ。ちょっと付き合え。」
「……まあ、いいだろう。」
ロクスは何故だか断れなかった……ズィックが天使だからかもしれない。
マスターにグラスの追加を頼んでロクスに手渡します。
「俺がアルカヤに降りて初めて会った勇者に乾杯。」
一人で音頭をとって勝手にロクスのグラスと音を鳴らします。
キィン♪
そして、ぐびぐび―っと一気に空けます。
「かー。やっぱ一人で飲むより二人の方がいいな。ってロクスお前飲まないのか?」
最近かなり親父が入ってきているズィック。天界でいったい何があったのか…。
目の前にいる天使の飲みっぷりに唖然とするロクス。
「いや、飲む。だがその前に少し聞いてもいいか?」
「…ああ、俺が答えられる範囲だったらな。」
「安心しろ。特に難しい質問じゃない。」
ズィックは何も返事をせず、ロクスが話すのを待っています。
「あれは何のまねだ。」
「……お前さ、いきなり代名詞だけ言ってきても何の事だか分からねえよ。」
本当は分かっているズィック。
しかし、そのまま聞いてしまっては面白く無いと言う事で聞き返してみることに。
「……道に落ちていた羽根のことだ。あれはお前のだろ。」
「お前を誘き出す為の道具だ。」
最初からその答えを持っていたかのような返答の早さ。
「僕を誘き出す…? 最初から僕だけがターゲットだったと言うわけか?」
「正確にはお前達勇者の誰かだな。あれは普通の人間にとっては存在すらしない、お前達勇者にしかな…。まあ、例外として見える奴もいるけどよ。勇者なら少しは話し相手としていいんじゃねえかと思ってよ。」
一息つき、またグラスを空けます。それを見たロクスも負けじと飲み干します。
「お♪ お前もいい飲みっぷりだな。遠慮するな、どんどん飲め。」
グラスを空けると直にワインを注ぐズィック。これではまるでワンコそばのようです。
「それにしても大変だったんだぜ。あれ作るのによ。自分の羽根毟って一枚一枚糊付けしてよ。」
は〜っと溜息をつきつつもグラスを空けています。
「……なんでそんなことをしてまで勇者を誘き出そうとしたんだ?」
ロクスにはズィックの考えが分かりません。態々そんな真似をしてまで何故話し相手を見つけるのかが。
「だから言っただろ? 話し相手が欲しかったって。レゼーヌとも時間の関係で会えねえしよ。」
「…やっぱりお前はレゼーヌの知り合いなんだな……ってことは前に言っていた彼女の周りにいる変わった天使と言うのはお前のことか…。」
「お前俺の事あいつから聞いてるのか?」
まさか自分の知らないところで引き合いに出されているとは思わなかったようだ。
「まあな。……だが、会えないからと言ってそれがあんなことをする理由になるのか?」
まだ分からないのかという顔を露骨にロクスに向けているズィック。
「…なんだ、その顔は……分からないから聞いてるんだぞ。」
「ああ、そうだけどよ……。俺お前達に会った事ないんだぞ。」
「は?…それがどうか…」
途中で言葉を切ったロクスを見、やっと分かったかとまた一口。
「そういうこと、俺お前達の顔知らねえからよ。何となくこの辺にいるって、レゼーヌに風に言うと波動ってやつで分かるんだけどな。正確な人間までは分からんと。まあ、今夜は飲め。」

そんなこんなで飲み続けた2時間後……
「僕だってな〜好きで勇者引き受けたわけじゃないんだぞ〜。ひっく…あいつがな〜どうしてもって言うからだな〜ひっく……う〜。」
「くくく…これだから人間っておもしれえよな。酒飲むと性格変わるって……くくくくく。」
「おい! 聞いてるのか、ズィック!! …ひっく。」
「おーおー、ちゃんと聞いてるぞ♪ 好きで勇者引き受けたんじゃねえってやつだろ?」
さも面白そうにロクスの肩を左手で叩きます。
「僕がならないって言ったらな〜、あいつ泣いたんだぞ。『私あなたに勇者になってもらえないと困ります〜』って…。」
ズィックは思い切り心の中で突っ込んだ。

それはぜってーありえねえ……と

しかし、ここはロクスに同調してやることに。
「あ〜そうか……泣き落としってやつだな。お前も大変だな。」
「分かってくれるのか、ズィック。お前だけだ、僕の気持ちを分かってくれるのは。」
まさかここまで言われるとは思っていなかったズィックはどうやってこの場から立ち去るかを考えていた。
「…(おー、流石に長くい過ぎたな……もう帰らねえと気付かれたら面倒だな)…。」
伝票を持って勘定を済ませようとし、立ち上がったズィックの服をロクスは掴みました。
「おい…何処行くんだ。まだ僕の話は終わってないんだぞ。」
完全に目が据わっているロクス。
「…(げっ! 流石にここまでくれば潰れるかと思ったのによ…。おいおい、どうするよ)…。」
自分の服を引っ張ってみてもロクスは手から服を離しません。
「わー! ロクス、頼むから離してくれ。俺もう帰んねえとマジでやべえよ。」
抗議の声を聞かされると思ったズィックだが、ロクスは黙ったまま。
「…ん〜?……寝るなーーー!!」
潰そうとしたのは何処のどいつだと言う突っ込みはおいておいて。
そう、ロクスは深い眠りへとついたのです。
「う〜ん…僕はもう飲めないぞ〜……。むにゃ…。」
服を引っ張ってみたところ今度はスルリと手から離れたので、一先ず勘定を済ませに。
そして暫しの思案中の後、ロクスの首を引きずり適当な宿で部屋を取りました。

「さてと…こいつが起きた時に俺のこと覚えてると厄介なんだよな……。」
ロクスと一緒に持って来た自分の荷物の中からある物を出したズィックはそれでロクスの頭を叩きました。

バシッ!!

それとは真っ白な厚紙で出来た特性ハリセン……。特性なだけに叩いた時の音もそれなりの物です。
何かの本で、【こいつで頭を叩くと記憶が曖昧になる。】と言う記事を見、それの実験を兼ねての酒盛りだったのです。
「…よし、これでいいだろう。じゃあな、ロクス。今度会った時にはお前の目が据わる前にからかってやるから覚悟しておけよ。」
転移を唱え、廊下に出てしっかりと正面玄関から帰って行ったズィック。
「…う……ん?……。」
ムクリと起き上がったロクスは何故か頭が痛いことに気が付きました。
「……なんで瘤が出来てるんだ? 寝相が悪いわけでないのは確かだと思うんだが……。」
幾等考えても瘤の原因は掴めぬまま次なる疑問が。
「僕は昨日何をしていたんだ?」
回りを見渡したロクスは何故自分がここにいるのかすらも分からずに数時間は悩み続けるのでした。
結局何があったのか分からず日々を過ごし続けるのです。
そう、何時か彼と再会する日まで……。






□ 些嶺梓紀さまより頂いた後書き
ビンゴでポン♪ リクエスト話第一弾。ズィックとロクスの酒飲み話です(笑)
なんだか長くなってしまって……。箇条書きで進んでゆく自分のSS…。
久々にズィック話が書けた自分としては嬉しい限りです♪ まさかズィックにリクがくるとは思っていなかったので…。
ここで初めてズィックのフルネーム発表。思い付きで打ってしまってもこのままです。訂正は出来ません(^^) それではビンゴおめでとう御座いました♪


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