■ 終にて浮かぶ言の葉は ■
少年は、青年になって戻ってきた。
幼い頃は同じくらいだったはずの背丈も伸び、華奢で少女のようだった容姿もすっとした男性らしさを感じさせる。
年月の早さと、その時間がもたらす変化とを眩しいように感じながら、私は彼と相対していた。
「フェアさん」
その声も、かつて記憶にあるものより低い。
「なに?ルシアン、緑茶は苦手だったっけ?」
かつて用心棒だと宿屋に居座っていた鬼妖界の吟遊詩人仕込みの緑茶は、今ではうちの看板ドリンクだが、紅茶とは異なる風味からか、苦手な人も多い。
幼馴染に緑茶をだした記憶はなかったから、もしかしたら苦手だったのかもしれないと、そう思ったのだが。
「フェアさん」
まっすぐな視線。
ああ、私は知っている。この目の意味を。
かつて、同じように、赤い髪をしたあの人を、私もこうして見つめていたのだから。
「あなたが、今もあのひとを好きなことを知っています。でも…」
『でも』、そうだね。
でも、もうあの人はいないから。
「あなたが、ぼくよりあの人を、セイロンさんを好きなままで構わないんです。僕はもう、どこにもいきません。だから、そばにいてくれませんか?」
幼馴染からのプロポーズという事態さえ、どこか他人事のように思う自分がいる。
それでも、私は…―――
◆ ◆ ◆
鬼妖界特有の衣装と角という異形も、この界隈では目立つものでもない。
ここは、帝国の中央からははずれた小さな町ではあったが、召喚獣も拒まぬことを信条とした伝統ある宿があるからだ。
昔、この地に逗留したことのある彼は、その町の変わらぬ点と、そして変わった点とをみつめながら、古にみた景色と今の風景とをだぶらせ歩む。
かつての風景の中に、至龍になる為に手放した、銀色の髪の少女をみる。
妖精の血をひく娘とは言え、もういないであろう、少女。
不意に、銀が視界をすり抜けた。
幻を見たのかと、視線を彷徨わせば、そこに、あの少女とよく似た娘が駆けていた。
「フェア…?」
無意識に言葉にでた、忘れられぬ少女の名。しかし、その声を聞きとめたのか、足を止め、銀髪の少女が振り向いた。
「…?お客様ですか?」
記憶の底に沈ませた、あの日々がよみがえる。この声は、『彼女』の声ではない。だが、その髪も、瞳の色にも、あの少女の面影があった。
「いや、すまない…。古い知り合いによく似ていたものだから」
咄嗟にそう繕う。かすかに、自分が動揺しているのを感じ、至龍となった今もこんなに心揺さぶる存在であったのかと、まざまざと思い知る。
「君も、『フェア』というのか。なんという奇縁」
「ひいおばあさまの名なんです。あ、ひいおばあさまって、忘れじの面影亭の名を世間にとどろかせた、すごいひとなんですよ!旅人さんも、まだ宿がきまっていらっしゃらないなら、是非ウチを!」
屈託なく笑う、その顔に彼女を垣間見る。
そうか、あの子はしあわせになったのだな、そう思うとうれしいようにもさびしいようにも思う自分がおかしかった。
「そうさせてもらおう」
かつて、手放した少女がいた。
忘れられない、少女がいた。
――― フェア…
この想いを言葉にすることはもうない。ただ、ずっと、想い続けよう。
fin.
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