『夜を走る』 : 実力主義ED後の二人

 話せばわかる、と彼は言った。
 ヤマトは一息で返した。いや、わからんだろう。

 深夜になって戻った私室、その窓に掛かるブラインドは起床時に開け放ったままだ。
 照明の落とされた室内はうす暗く、はるか下方、夜の底にまたたく光の海の照り返しが、窓を背にした彼の輪郭をぼんやりと白く浮かび上がらせる。
「こんなことも解さぬ君とは思わないが……」
 ことばを切って、ヤマトは彼の表情を眺めた。じっとこちらを見つめ返すまなざしに揺らぎはない。ためいきを落として、ヤマトは続けた。
「基本的な知識すら共有できない者同士が、わかりあえようはずもない。せいぜいがわかったような気になる程度だ。だいたいわからせたとしてどうなると言う。無能な者が状況を理解したからといって、有用となるわけでもなかろうに」
 ヤマトのことばに天井へと視線を上向けた彼は、思考をめぐらせた様子の後に口を開いた。
「……ロナウドには散々手間をかけさせられた、って思ってるだろ? ヤマト」
 ヤマトはあごに指先を当てた。唐突に出てきた今は亡き男の名に、多少の興を覚える。
「フム…そうだな。川の流れに逆らう雑魚と思っていたのが、どうやら水をせき止める流木程度のヤツではあった」
 窓からさっと斜めに差しこんだサーチライトが、彼の痩身を横切った。ほんの一瞬、そのひとみが深い青にきらめく。
「たとえばあの時、ヤマトが何をしようとして動いてたのかを順を追ってオープンに説明してれば、ロナウドの行動はずいぶん変わってたんじゃないか」
 向けられた仮定に、ヤマトは眉を寄せた。
「どうだかな。仮に私の行動の意図を理解したとして、納得したとは思えんが。あの男と私では何に重きを置くかが違いすぎた。得られた情報を糧に、更なる妨害をしてきた可能性もあるだろう」
「納得……は無理にしてもさ」
 真面目な声音で、彼はこちらへと歩み寄った。
「こっちの事情を知ってれば、少なくとも、流木の向きが横から縦になる程度には、態度が軟化したんじゃないかな。ロナウドは他人に感情移入しやすいタチだったし、何よりも、自分の気持ちが行動の理由になる人だった」
 明らかに、その行動理念の有り様をバカにしたような表情になっていたのだろう。彼が苦笑を浮かべた。
「ヤマトの言うところの無能な人間だって、状況がわからずに混乱して事態を悪化させることはできる。ましてやロナウドは無能じゃなかったから、その能力を軽く見積もって、敵にしないための労力を裂かなかったことが、結果としてヤマトにとってさらに面倒な事態を引き起こしたわけだ」
「なるほど?」
 続けてくれ、というヤマトの言外のうながしを汲んだのだろう、彼は真摯な口調でことばを継ぐ。
「情報があって、状況が把握できて、そして先行きがある程度わかってるなら…ある程度の苦労は辛抱して、がんばることができる。人って、そういうものだよ」
「……なるほど。君の言うことだ、そういう一面もあるやもしれんな」
 ヤマトはためいきを落とした。
「だが、残念ながら、あの差し迫ったなかでそのような不確実で手間の掛かることに割くようなヒマは、私にはなかった。もちろん、それは今でも変わっていない。時間は有限だ。人は常に、コストとリターンを秤に掛け、何を優先し、何を切り捨てるかを選択しつづけねばならない」
「うん。それも、もっともだ」
 ごく自然にうなずかれて、ヤマトは眉を寄せた。
「……つまり私にどうしろと言うのだ、君は」
「どうもしなくていい」
 彼はあっさりと言いはなった。知らず、渋面が深くなったヤマトに彼はほほえんだ。
「ただ、ちゃんとお前に伝えておきたかったんだ。それこそ、俺がこれからどういうつもりで、何をしようと思ってるのかってことを」
 そう言って、彼はゆっくりと目を細めた。
「ヤマトは、ただ前を照らして走ってくれればいい。後ろに続く人たちがついてこられるように、明かりを見せながら走るのが、俺の役目だと思うから」




『明日世界が終わるとしたら』 : ミザール討伐、龍脈時間切れでGAME OVERその後

「ごめん」
 一言告げて、口を引き結んだ彼にヤマトは目を閉じた。
 龍脈は果て、この一瞬にも巨大なセプテントリオンがその身でもって空を、世界を埋めつくしていく。
「……君も私も、最善を尽くした。それで届かぬのならば、これが我々の限界ということだ」
 走って、走り続けて、これが結末か。
 そう思うと、不意に笑いだしたいような心持ちになる。投げやりで愉快な気分に任せて、ヤマトは口を開いた。
「ああ、そうだ。もはやこれで最後ならば、言っておこう」
 いぶかしげな顔をした彼に、ヤマトは口の端をつり上げて告げる。
「知っていたか? 私は、君のことを好いていたよ。それこそ、夜を共に過ごしても良いと思うくらいにな」
 目尻の切れ上がったひとみを、彼はわずかに大きくする。
「……悪いけど、お前の気持ちには応えられない」
 短い沈黙の後、険しい顔で返った答えにヤマトは苦笑した。
 今までおくびにも出さなかったものを、知られぬまま終わるのが惜しくなったなどと、らしくないことだと自分でも思う。
「ああ、わかった。おかしなことを言ってすまなかったな」
 そのまま、立ち去ろうとした襟首をむんずと捕まれた。強引に引き戻される。
 ふり返れば、強い視線がヤマトを射ぬいた。
「勝手に全部あきらめるなよ。……無事に今日を切り抜けてからもう一度同じ台詞を言ってくれたら、別の答えをやるからさ」
 そう言って手を差しだした彼のひとみが、泣き笑いのかたちにゆがむ。
「だから、最後とか言うな。ヤマトらしくない」
 見たこともない表情に、目を見開いた。―――お前にそんな顔をさせたのは、この私か。
 腹の底から、覚えたことのない感情がわき上がってくる。
「ッハハハハ……! そうか、そうだな!」
 その衝動のままに、ヤマトは笑い声を上げた。伸ばされた手をかたく握りかえす。
「お前がいて、私がいるのだ。ならば、諦めるにはまだ早すぎる」



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