『恋人はサンタクロース』 : 実力主義ED後、ヤマト×主人公

「なあ、ヤマト。サンタって本当にいたりする?」
 高層階の窓の外、ちらちらと雪が落ちていく暗い街並みを見下ろしながら、彼はそうつぶやいた。
 私はキーボードを叩く手を休めて、しばらくその表情を眺めた。ひょうひょうとした横顔にふざけた様子はないが、真面目だろうとふざけていようと彼の顔色はあまり変わらない。そのような事実を、最近になって私は学んだ。
「質問の意図がよくわからないのだが……」
 窓の側に立ったまま、視線をこちらに寄こした彼にフムと息を吐く。
「不存在の証明は困難だ。ただ私の知る限り、あれは単なる伝承だろう」
 そっか、と彼がわずかに眉尻を下げた。
「俺もさ、小さいころ枕元にプレゼント置いてたのは親だったこととかはわかってるんだけど、……あ、ヤマトはそういうことなかったか」
 そっと、床に息を落として彼が言う。
「一般的な習慣として耳にしたことはある。……では、どうしてまたそんなことを?」
 稚気を見せることもある彼だが、今更真偽を確かめるような話でもないだろう。
「妖精とか女神とか、それこそ絵本やゲームの中に出てくるようなのが普通に悪魔として召喚できるだろ? だから、もしかしてって思って」
「なるほど」
 私はデスクから立ちあがった。
 すっかり暗い外を見下ろす彼の隣に立つ。並んで見下ろせば、いつにも増して多い交通量で、ビルの谷間に赤いテールランプが目立った。
「過去、サンタクロースを喚び出した者はいない。だが、お前の言う通り、今後はどうなるかわからんな」
 へっと、彼が切れ長の目を大きくした。
「悪魔の多くは人間の伝承や信仰から生み出された。もちろん元より存在していた力あるものや、自然現象に人間が名を付け、形を与えたケースも存在するが……」
 ガラスに手を触れさせる。手袋越しにひやりと冷たさが伝わった。
「なおかつ今の世界では、かつて超常と言われていたような事象が起こりやすい状態になっている。霊的な磁場の歪みから、新種の悪魔の自然発生などが観測されているのは君も知っての通りだ」
「だから、みんながイメージするサンタクロースの概念がいつかは実体化するかもしれない?」
「ああ、そういうことだ」
 なるほど、と街を見下ろす彼の目が細められた。
「それじゃ、将来に期待ってところか。……まあでも今日のところは、俺がサンタクロースってことでいい?」
 は、と私は彼の顔を見た。鳩のようにやわらかくのどを鳴らした彼は、その双眸に楽しげな色をたたえて私を見ている。
「知らない? 大人になったら、俺にとってはお前が、お前にとっては俺がサンタクロースなんだよ」
「君が私に、聖誕祭の贈り物を寄こすということか? ……あいにく私は何も用意していないのだが」
「大丈夫、俺はもうしっかりもらってるから」
 ガラスについていた手を丁重にすくい取られる。一度力を込めて握りしめてから、つないだ手を彼は軽く揺すってみせた。悪戯っぽく笑んだ彼のひとみの上で、映り込んだ夜景がきらめく。
「お互いがお互いにとってのプレゼントになるってこと。それじゃ不満?」
 そんなわけないだろうと言いたげな口ぶりだ。私はくちびるをほころばせた。
「そうだな。君より価値のある存在などこの社会には存在しない」
「ヤマト、お前さあ、そこはせめて『私にとっては』くらい言っとけよ」
 おどけた口調で言って、にぎった手を引き寄せられる。
「少なくとも、俺にとってはそうなんだから」
 手袋でつつまれた私の指先に、彼はそっとくちびるを寄せた。




『お昼のあなた』: 実力主義ED後、ウサミミ不在のヤマトとダイチ

「志島、君はこれから昼飯か?」
 トレイ片手に振りかえれば、黒コートの制服を着た先輩局員さん(俺がジプスに入ったのは世界が変わっちゃった後だから、元から局員をしてた人は先輩、ってことでいいんだよな?)が早足で近づいてくるのが見えた。
「あっ、そーです。先輩もっすか」
 注文に並んでいる人たちの列と、それから俺がトレイを置こうとしていた窓際のテーブル席を見て、先輩が残念そうな顔になる。
「いや、俺はもう済ませたんだが、……今日は一緒じゃないんだよな、彼は」
「あー、アイツ、今週の頭から別府に出張中なんです。なんか用でした?」
「戻りがいつごろになるか知っているか?」
「一応、月末ってことになってるはずですけど」
「そうか。それなら仕方がないな……他を当たるよ、ありがとう」
「や、お役に立てなくてスンマセン」
 立ち去る先輩の背中を見送って、俺はトレイの前の椅子を引いた。
 窓の方から、ひんやりと冷たい空気が伝わってくる。食堂のひろびろとした窓ガラス越しに聞こえてくるのは、周波数のずれたラジオみたいな雨音だ。手を伸ばして窓のくもりをぬぐったその向こう、見下ろした高層ビル街は朝からの急な豪雨で白くかすんで見えた。
 午後からの予定を思いだして、ちょっと気が重くなる。ため息をついて、大盛りのカレーとライスの境目にスプーンをつっこんだ。
「は〜……これ、やんでくんねえかなあ……」
 小声でぼやいて、湯気のあがるあつあつのカレーを口へと運ぶ。働いて食うメシってマジでウマイ。ウマイんだけど、だからって、どんな仕事でもゴホウビです!って思うほど俺はマゾにはなれない。
「……残念だが、それは無理な相談だ」
 唐突に降ってきた返事に思わずスプーンを噛む。見上げれば、テーブルの横にすました顔のヤマトが立っていた。
 スプーンを口に突っこんだままぽかんと見上げている俺を余所に、手袋を付けた手が斜め向かいの椅子を引いた。コートの裾をさばいて座った相手に、甘口カレーと牛肉を何度か噛んで飲みこんでから、俺はようやく口を開いた。
「びっくりさせんなよなあ……つうかなんなのその断言。天気予報?」
 自分の前に置いたタコ焼きに箸を伸ばしながら、ヤマトがあからさまに呆れた顔をした。
「馬鹿も休み休み言うんだな。午後からのお前の任務は何だ?」
「へっ? ええーっと、奥多摩に湧いた龍を倒してこいって、今日いきなりお前が寄こした仕事じゃん」
「ただの龍ではない、龍王ゲンブだ。この豪雨を招いている悪魔を倒してこいと言っているのに、それが終わらんうちから降り止む道理はあるまい」
「あれ、そういう話だったの!?」
「そういう話だったんだ。……まあ、知っていたところで何が変わるわけでなし、こちらも説明していなかったからな。致し方ないか」
 お前たちは元々素人だったのだから、と首を振って付け加えたヤマトに俺は頭をかいた。
「あ〜、ごめん。ゲンブって言ったらあれか、カメ? ってか、水のカミサマだよな。うん、言われてみれば聞いたことあるわ」
 たしか、前やったゲームにそういう設定のモンスターがいたはずだ。
 俺の言葉に、ヤマトはちょっと意外そうな顔で目を大きくした。
「ほう、お前にそのような知識があるとはな……なかなかよく勉強しているじゃないか。そうだ、神と呼ばれるほどの伝承を持つ悪魔ともなれば、人間のその認識と信仰こそが、天候をも操るほどの神通力をその悪魔に備えさせる。そも今回の出現は……」
 とうとうと続けられるヤマトの説明を聞き流しつつ、俺はカレーの攻略を再開した。見ればヤマトのほうも、その前に置かれたプラスチックパックのなかのタコ焼きが順調に減っている。
「……つーか、昼飯そんだけなの?」
 思わず入れたツッコミに、ムズカシイ説明を終えたヤマトが眉をひそめた。
「私の摂る昼食が、いったいお前と何の関係がある」
「いやまあ、好きなのはわかるけどさあ、……ホレ」
 カレーについてきたサラダのなかからプチトマトを一つスプーンですくって、タコ焼きのすき間に放り込んだ。
「トマトはなんだっけ……リコピン? まーとにかく、野菜も食えってオトメさんに言われてない? 俺は健康診断のたびに言われてんだけど」
 タコ焼きを食べ終わったヤマトは眉間にしわを寄せてから、ちょっぴりカレーのついたトマトを口に入れた。静かに何度か噛んだあと、ごくりとそののどぼとけが動く。その様子を何となく見ていた俺に、ヤマトが口を開いた。
「もしや、私のことを分別もない子ども扱いしているのではなかろうな。それともお前は、誰彼かまわずこういう調子で世話を焼くのか」
「や、さすがにつきあいなきゃやんないだろ、普通。俺どんだけお節介だと思われてんの」
「では、例えば、彼や秋江、新田あたりになら同じことをすると? よく昼食を共にしているのだろう」
「いいっ!? ジョーさんとか新田シャンとかない、ないない! アイツならわかんないけど……でもアイツ大抵フツーに定食だし、つうか、そこまで一緒に食ってるってワケでもないしなあ」
 特にここしばらくは、あっちが出張中だから顔を合わせる機会もない。
 首をかしげた俺に、ヤマトは腑に落ちないような顔をした。
「何だ。世俗の友人というものは、こう……むやみやたらと群れて行動を共にするものではないのか?」
「いやまあ、昔は家近かったから一緒にガッコウの行き帰りしたりもしてたけど、今はアイツと俺じゃあんまり予定かぶんないからね」
「では可能であれば一致するように……例えば、同じ任務に当たりたいと思っているのか」
「や、べ、別に……?」
 ヤマトが俺に何を聞きたいのかイマイチわからない。いろいろ浮き世離れしてるヤツだから、アイツと仲良くなるために、一般的な友人のテイギを知りたいのだろうか。
「ええと、その……俺は俺にできる仕事をやるし、アイツだってそうだろ。適材適所? 独立独歩ってゆーの? 別に、ダチだから四六時中つるむってワケじゃ、ていうか、四六時中一緒じゃなくたってダチはダチだし……」
 自分でもだんだん何を言っているのかわからなくなってきたが、ヤマトはなんか納得したような顔でうなずいた。
「フム、独立独歩か。確かにそうだな」
「お、おう、そうなんだよ」
 勢いでうなずいた俺に、ヤマトはフンとあごをあげた。
「今回とて、彼がこちらにいたならば任せていただろう案件だった。……かつてのお前には彼の友人という以外には何ら特筆すべき点がなかったが、今や、彼には及ばずともそれなりに高い能力を備えた局員の一人だ」
「う、うん……?」
「何を呆けた顔をしている? お前は彼の付属品ではないのだから、周囲にもそれなりの応対をしろ。始終そのようなプライドの欠片も感じられん間抜け面をさらされていては、友の一人と数えるにもためらわれる」
「ああそりゃ悪かった……、えっ?」
 思わず出た声に、ヤマトがあからさまに不機嫌そうな顔になった。
「先ほどの局員だ。お前は彼の秘書ではないのだから、取り次ぎはもちろん、謝罪してやる必要がどこにある」
「いや、その……」
 ソコじゃなくて。言葉にならないツッコミを正しく読み取ってくれたのか、ますますヤマトの顔が渋くなった。
「……何だ。つきあいがなければと言ったのも、実際の距離と時間の共有は必ずしも必要ではない、そう言ったのもお前だろう」
「うわ、ゴメン! いやそのだって、俺がどう思ってるかとお前がどう思ってるかっていうのはホラ、別じゃん。だから……」
 俺が口ごもると、フンとヤマトが鼻を鳴らした。
「まあいい。……それでは、職務に励みたまえ。私を失望させるなよ」
 空っぽのプラスチックパックをつかんで、ヤマトが立ちあがる。
 ブーツのかかとを鳴らす後ろ姿は堂々としていて、俺はおそらくさっき言われたところの間抜け面でもって、ヤマトが食堂を出て行くまでを見送った。
 ええと、なんだ。……これはやっぱり、俺たちトモダチだよなって言われたと思っていいんだろうか。

 俺の幼なじみ――ヤマトの翻訳にかけては群を抜いているアイツが今ここにいてくれたなら、それをここまで切実に思ったのは、あの一週間の最後にアイツを待った夜、それ以来のことかもしれなかった。




『溶けて、崩れて落ちる』 : ED後、夏の日。無自覚ヤマトと主人公

「あっついね……飲んだそばから水分ぜんぶ汗になって出てるんじゃないの、コレ」
 手にしたペットボトルをあおって彼がぼやいた。清涼飲料がその口の端からあご先までを伝ってアスファルトへ落ちていく。
「……ああ、そうだな」
 正午をまわったばかりの時間帯、真上から照りつけてくる日光に、焼かれたアスファルトの熱が靴底から這い上がってくる。
「ヤマトも飲みなよ、ほら」
 ひたいの汗をぬぐったところに、半分ほどの中身が揺れるペットボトルが突きだされる。礼を言って口を付けた。ぬるいスポーツドリンクがのどを流れ落ちていく。
 息をついてキャップを締めていると、こちらを見ていた彼が何かに気づいたようにぱちりとまばたきをした。そのまま、自然に視線を前方へと動かす。
「どうした?」
 彼が見ていただろう背後へと首をまわせば、近くの祭りで出る屋台の荷物だろうか、木陰に積まれたクーラーボックスに腰かけた浴衣姿の男女が目に入った。肩を寄せ合い、指をからめ口を合わせている。息を吐いて歩きだせば、呆れた気配を察したらしく、背後から彼が声をかけてきた。
「あっついねえ」
「意味がわからんな」
「んー、そう?」
 後ろからのんびりついてくるスニーカーの靴音が聞こえる。
 足を止めてヤマトはふり返った。声には我ながらうんざりとした色がにじむ。
「野外であんなことをしようと思える品性のなさも理解しがたいが……それ以前に、何の実利もないだろう」
「へっ、ジツリ? その発想は斬新だな」
 汗で張りついた前髪の下で、彼がまばたきをする。
「あれだけで子がなせるのであれば、よほど面倒がないのだがな。そうではないのだから、あんな行為に意味などあるまい」
「……なるほど」
 隣に並んだ彼が、かすかに口もとだけをゆるめてヤマトを見た。
「本当お前って時々、思春期の女の子みたいに潔癖だよね」
 思わず顔をしかめたヤマトが何かを言うより先に、行く手を見た彼が話題を変えた。
「あ、あそこの店、かき氷出してる。寄ってもいい?」
「……まあ、構わないが」
「やった!」
 子供じみた歓声を上げて彼が走っていく。ゆっくりと追いついた頃には、プラスチックの器に山と盛られた氷菓をふたつ、店の者から受け取っているところだった。右手には明るい青、左手には鮮やかな赤い色のそれを持って彼がこちらを振り返る。
「ヤマト、お前どっちがいい?」
 こっちがイチゴでこっちがブルーハワイね、と彼が言いそえるのに、ヤマトはため息を吐いた。
「お前が好きな方を取ればいいだろう」
「じゃ、ヤマトがブルーハワイ」
 片方を差しだされ、店先のビニールのひさしの下、塗装の剥げかけている長椅子に並んで腰を下ろした。
 地面にパラパラと細かな氷片をこぼしながら、プラスチックの匙で無造作に白い山を切り崩していく彼を横目に、ひとさじすくった氷菓を口に含んだ。冷たく軽い氷片が、口の中であっというまに溶けて消え失せていく。後味はひどく甘かった。
 かたわらでせっせと匙を口に運んでいた彼が、最後には赤い砂糖水が底にたまるばかりになった器を脇に置いて大仰に息をついた。
「あ〜……口んなかすっごい冷えた。ちょっと舌痛い」
 そう言ってちろりと出された彼の舌先は、着色料に染まって毒々しい程に赤かった。じわじわとうるさく蝉が鳴いている。そよ風のひとつもなくよどんだ熱い空気を吸いながら、ヤマトはぼんやりと彼の顔を眺めた。
 赤く冷たいその舌を舐めて、冷えたくちびるをふさいでみたらさぞ気持ちが良いだろう。
 不意に、彼のうすいくちびるが動いた。
「食べ終わった?」
 白昼夢から覚めた心地で口もとを押さえた。手にした器を取り落としそうになってあわててバランスを取る。
 待て、今、私は何を考えた。 
「ヤマト?」
 彼は怪訝そうな様子でこちらを見て、それからわけ知り顔をした。
「かき氷一気食いすると頭キーンってなるよ。もう遅いかもしんないけど。あ、それとも歯にしみた?」
 口を押さえたままヤマトは首を振った。それをどう取ったか、へらりと彼の目もとがなごんだ。その手指をスラックスの膝にこすりつけながら立ちあがる。
「ほら」
 手のひらを上にして差しだされた手を見つめれば、彼が指をひらひらと動かした。
「食べ終わったんなら、捨ててくるから」
「あ……ああ」
 反応の遅れたヤマトの挙動を気にしたふうもなく、彼は重ねた器を指先で挟んで、店先に置かれた青いポリバケツのほうへ歩いていく。
 暑さに鈍った頭でその背中を見送った。一瞬触れた指先のぬるい温度は、何を生み出すこともない。
「ああ、そういえば、ヤマト」
 プラスチックの器を捨てた手で、肩に掛けた鞄を探りながら彼がふり返った。
「さっき俺たちもちゅーしたね」
「ッ……何!?」
 思わず長椅子を鳴らして立ちあがった。
 彼がその切れ長のひとみを笑みに細める。取り出したペットボトルを揺らしてみせると、いたずらが成功した子どものような表情で、ぐいっと一息に飲み干した。
「――知らない? こういうの、巷じゃ間接キスって言うんだよ」



back