※主ヤマでR-18
 始めからヤマトが喘いでいます。暗くて救いがありません。主人公の死亡ネタです。
 それでも大丈夫、という方のみスクロールしてご覧ください。




























■  願ったり、叶ったり  ■


 私は、一体どこから間違ったのだろう。
 組み立てていた思考は、そのそばから、途切れることのない快楽と痛みとでまたバラバラに崩れ、こぼれ落ちていく。後ろから覆いかぶさってくる身体が、呵責のない動きで私を突き上げた。
「っ、ふ、……っ!」
「ねえ、今、何考えてたの?」
 腰だけを上げた姿勢でうつぶせて、シーツにしがみつき耐える私に、彼が問う。やさしさを装った甘い声は、鼠をなぶる捕食者のそれだ。
「……君の、ことを……っ、ん!」
 紡ごうとした答えは、したたかに奥を打たれて途中で喘ぎに飲みこまれた。
「ウソつき」
 笑みを含んだ声が、耳もとでささやく。
「お前が思ってるのってさ、少なくとも、いまお前を抱いてる俺のことじゃないだろ」
「ち、がう……っ」
「もうずっと前に、お前が亡くした俺のことだよね。お前をかばって死んだ、バカな男」
 からかうような声音に、必死にかぶりを振った。あご先から、伝った汗がぽたぽたと落ちていく。
「何が違うの? 少なくとも、俺にとっては俺じゃない」
「……っ、君も、彼だ。同じはずだ……っ!」
 かつての彼と、こんな関係を持ったことはない。だから、いたずらに私を煽る指や首すじをやわく食むくちびる、そして私の体内をえぐる性器、それらを、一番最初の彼と比べることはできない。
 だが、理論上はどこにも穴はないのだ。ターミナルに登録された彼のデータと元素とを結びつけて再構成された人物は、肉体上はもちろん、記憶もその精神も含めて、その時点の彼そのものだ。私の胸を這う冷たい手も、元より彼の体温が低かったというただそれだけのことで、死人のそれなどでは決してない。
「こんなことされてるのに、まだそんな寝言が言えるんだ。ヤマトって俺が思ってたよりずっと、おめでたい頭の持ち主だったのかな。……だいたいさ、ヤマトが言ったんだよ? もう数日もしたら、俺は元素の結合が解けて、また消えてなくなるんだって」
 ふふ、と小さく彼が笑った。私を押しつぶすように体重を掛けてくる。
「そのこと一つ取ったって、もう元の俺とは違う何かなんだってわかると思うんだけど」
「それ、は……っ、どうしてそのようなことが起こるのか、未だ原因は特定できていない、だが……試行を重ね、技術を改善していけば、いつか……、っ!」
 彼の歯が、きつく私のうなじを噛んだ。鋭い痛みに、反射的に背中が反り返る。
「もう、諦めなよ。元の俺は、お前にこんなふうに欲情して、こんなことするような人間じゃなかった、そうだろ?」
 ささやきに次いでねじこまれた舌が、私の耳殻をなぶる。ぬるりとした感触に、思わず背筋がふるえた。しばらくピチャピチャとなぶるように中を舐めていた彼は、濡れた音を立てながら舌を引き抜くと、くすりと笑った。
「それともヤマトから見た俺は、こういう下劣なことをしちゃってもおかしくないような奴だったのかな」
 答える言葉を持たず、私は押し黙る。
 最初数回の消失を経てから後、私は彼に事情を説明し、ターミナルに残されている彼のデータを新しいものへとこまめに更新するようにしてきた。
 そうすれば、還ってきた彼の数日間は、無為な繰り返しにはならない。最終更新から消失までの間のわずかな欠落こそあれ、彼の人生は今も確かに続いている。その考えは、間違ってはいないはずだ。
「ああもしかして、そんなのもうどうでもよくなっちゃった? ヤマト、俺がこうしてあげると、すごく気持ちよさそうにするもんね」
 ぐちゅぐちゅと濁った水音を立てて、彼が私の中をこねまわす。たまらず私はのどを反らせた。
「っ、あ……ああっ!」
「俺も、すっごく、気持ちいいよ。……ヤマト……っ」
「んんっ、……いやだ、……あ、うう……っ!」
 後ろから揺さぶられるたび、自分のものとも思いたくない声が押し出されていく。触れられてもいない前が濡れて、その先端が寝台に押しつけられる感覚に、私はひたいをシーツにこすりつけてもだえた。生理的な涙がにじむ。かたく閉じたまぶたの裏が白く染まって、目がくらむ。
「頼む、から……もう、もう……っ、ん! ……!」
 たまらず私は、制止をこめて彼の名を呼んだ。あれほど他人の心情を汲むに聡かった彼が、伝わらなかったのか、それとも意図的に無視したのか、私をむさぼる動きに変化はない。
 快楽が、まともな思考をむしばんでいく。そうして今日もまた、押し込めてきた疑念と不安が、私の中でおぼろげに顔を出す。
『……復元を重ねるうちに、どこかで不具合が生じたのかもしれない。彼の言う通り、いま私を組み敷く彼はもはや、私の知る彼とはまったくの別人なのではないか?』
 熔け落ちかけた理性は、私の不信を痛罵する。
 身勝手な解釈だ。生きている限り、必ず人は変化する。仮に、私が彼に与えた切れ切れの生――その経験が、彼の精神に暗い影を落としたのだとしても、望んで彼を呼び戻した自分が、それを理由に今の彼を否定するなど許されることではない。
「あ、ぁ………くっ、……う……」
 私は、必死に歯を食いしばった。せめて、彼の顔を見たい。今、何を感じているのか。かつて、常におだやかに凪いでいたあの双眸が、どんな色で私を見ているのか。
 身体をよじり、向き直ろうとした私の頭を、彼が強引に寝台に押しつけた。
 もう片方の腕が私の下肢に伸びる。荒っぽくもみしだかれて、与えられた快感の強さに、陸にあげられた魚のように身体が跳ねた。
 びしゃりと、彼の手を濡らしてしまう。背後で荒い息をついていた彼も、何度か腰をゆすって達したようだった。ずるりと引き抜かれる感覚があって、私はそのままぐったりと寝台に沈みこむ。
 身体にまったく力が入らなかった。空しい欲望の解消と全身を支配する疲労に、身動き一つ取れずに呆けたまま、私は、静かに呼吸ばかりをくり返していた。
 そのまま、どれほど時間が過ぎただろう。
 身を起こした彼がじっと私を見下ろす気配に、ふと意識が呼び戻される。
「ヤマト、……」
 小さな声で、彼は私の名を呼んだ。うなじに張りついた髪が払いのけられる。まるでかつての彼のような、おだやかで、いたわりのにじむ触れ方だった。
「いい加減、わかれよ。……もう、こんな」
 不意に、ぽつりと熱いしずくが当たる。彼がひゅっと息を飲み、熱を帯びたにわか雨が、ぽつぽつと私の肌を濡らしていく。
 そのすべてを紗の掛かった意識のなかで受け止めながら、私はゆっくりと目を閉じた。




Fin.

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