■  全部嘘じゃない、それだけは本当  ■


 俺にとって、ユウトは、一番気の合うダチだった。
 しょうもないバカ言ってふざけても、(あ、今ちょっとワルノリしすぎたか?)と内心思いながら表情をうかがってみれば、ちょっと笑ってうなずいてくれる。そうかと思えば、大まじめな顔で渾身のツッコミを入れてきたりもする。
 すっとぼけたマイペースなとこもあるけど、まさにツーカーっていうか。
 面と向かって言ったことなんかもちろんないが、あいつの隣にいるのはすごくラクで、ゆるいキャッチボールのように交わされる会話は、いつだって楽しかった。

 なんか過去形で言っちまったけど、もちろん、今だってそれは変わってない。
 昨日までの世界はバラバラに崩れ落ちて、街には悪魔がうろついていて、あまつさえそれと自分がヨロシクしてるだなんて、まるで悪い冗談みたいないまこの時にだって、ユウトは変わらない。
 公園のすこしかたむいたベンチで、俺のとなりに並んで座って(さりげなく、一番汚れてないところを新田さんにゆずっていた。相変わらずそつのないヤツだ)、遠征の昼食にと持たされたサンドイッチの詰め合わせをぱくついているユウトを、俺はちらりと横目で見た。
 すぐにそれに気づいて、なんだよ、と言いたげにヤツがわずかに首をかたむける。
 なんでも、と言おうとしてから、俺は思い直して口を開いた。
「つーかさ、俺最近、お前の知られざる素顔! を発見しちゃったような気がするんだよね」
 ぱちりとユウトがまばたきをした。わずかにその口もとがほほえむ。
「奇遇だな。俺も、最近ダイチの知らなかったとこを色々見てる気がする。ここぞって時にやたらと肝がすわってたり、逆に……こんなわけわかんないことになってても、同じように笑ってくれてたりさ」
「おお! さすがはユウト、俺の良さをよーくわかってんじゃん!?」
 パシンと横の背中を叩くと、ユウトは大げさに身を折って、ぐえっと妙な声を上げた。
「ダイチ、ちから強くなったよなあ」
「おっ、わかるわかる!? くーっ、成長期ってやつだよな!」
「俺だって成長期のはずなんだけど」
 片腕を上げて、自分の上腕をしみじみと眺めているユウトに、いやいやお前だって、と言おうとしたところで話がずれていることに気づく。
「いやいやいや、そうじゃなくて! 俺が言いたかったのは、つまり、その……」
「うん」
 途端に言葉に詰まった俺に、ユウトはもの柔らかな相づちを落とした。それまでのかるいノリを引っこめて、かといっていぶかるようなそぶりもなく、そのまま静かに待っている。こいつは、こういう、まわりをほっとさせるような気遣いが、自然にできるヤツだった。

 ああ、そうだ。これこそが、俺がユウトに感じている違和感の正体だ。
 するっと、言いたかった言葉が口からすべりだす。
「なんつーかさ、ヤマトと話してる時のお前って、すごい違和感あるんだよな」
 行儀良くサンドイッチを口に運んでいた新田さんが、遠慮がちにうなずいた。
「うん、志島くんが言いたいこと、わかる気がする。なんだか、言葉の選び方が変わるっていうか……」

 ヤマトがいるとき、ユウトは、俺のバカ話に乗ってこなくなる。
 ものすごく物言いが端的になって、ヤマトとユウトふたりだけが階段を五段飛ばしで駆けあがっていくような、ふたりだけでわかり合った上に、まわりみんなを置いてきぼりにしちまうようなやり取りをする。そのなかでたまに口にする冗談だって、いつもみたいなノリのいい軽口じゃなく、まるで本気か冗談かわからない、物騒でぎょっとするばかりのシロモノだ。

「そうそう、さすがは新田さん、俺もそういうことを言いたかったわけで! もうなんてーの、別人ニジューハチ号かよってカンジ?」
 ははっと冗談交じりに続けてから、俺はふざけた笑いをひっこめた。
「……えーっと、ユウトさん?」
 黙って表情を消されると、こいつが、人形みたいにつめたく整った顔になることに、不意に気づく。
「……もし」
 こいつには珍しい沈黙のあと、ぽつりとユウトが言った。わずかにくちびるをかんで、続ける。
「もし、ヤマトといるときの俺が、まるで俺じゃないみたいだってダイチが思うなら、それは、俺の新たな一面とかでもなんでもなくて……ヤマトみたいなタイプのヤツが、今までは俺のまわりにはいなかったって、ただ、それだけのことなんだ」

 あれ、俺、今なんかとんでもない地雷を踏み抜いちまったのかも。
 言われた内容を理解しようとするより先に、まず思ったのはそれだった。
 親友の常にない様子にあせって、そのまま言葉を失っていた俺に、ユウトは気づいたようだった。
 かたく結ばれていた口もとが、ひとつ大きく息を吸った。次の瞬間にはすっかり普段の調子を取り戻して、かるい口調で笑ってみせる。
「ごめんな、ダイチ。こんなカメレオンみたいなヤツで」

 お前のことを何でもわかるだなんて言えない。
 この異常事態が始まってからは特に、びっくりさせられること続きだ。今だって、結局、お前が何を言いたかったのか、俺にはさっぱりわからなかったし。
 でも、ダテにずっととなりにいたわけじゃないんだ。いま、お前が傷ついて、どうしようもなくヘコんじまってるってことくらいはわかる。

「あ、あのな、ユウト!」
 なにか言わなければと、口を開く。言葉を考える余裕なんてなかった。
「俺、カメレオンってけっこう好きな方だから!」
「……は?」
 呆気にとられた顔のユウトに、あわてて言いつのる。
「あ、間違えた! カメレオンだってお前だし……あ、いや、それもちがくて、ええと、そう、俺、お前のこと、ちゃんと好きだからな!」
 ベンチの端で、新田さんがむせ返る音がした。
 にぎった紙コップをゆがませて、こほこほと咳き込んでいる。
「へっ? あ、いや、あれー!?」
 暴走する口にあせり続ける俺に、ぷっとユウトが吹き出した。
「うん、俺もダイチくんのこと、大好きですよ〜?」
 くっくとひきつるようにのどを鳴らしながら、肩を抱かれる。
「本当に、本当だから。……それだけは、お前に合わせたわけじゃない」

 ささやかれたひどく真面目で切実な声は、俺の耳に残って、ずいぶんと長い間消えることがなかった。



Fin.

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