※【 fromool 】 のりんこさんとのコラボ企画です。 それぞれが同じテーマで文章を書いてみようというもので、設定自体は当然のことながら、作中のこまかい展開につきましても、りんこさんのツイートから多くのネタを頂いていることをここに申し添えておきます。 りんこさんによるすばらしい片割れはこちらです! → 『モスマンの風邪』 以下、実力主義ED後、数年経過して既にできあがっているヤマトと主人公でお送りします。 「あら? ちょうどいいところに、ユウトくん」 医務室の扉を開けたとたんに、焦りと安堵の混ざり合った声が俺を迎えた。ちょうど内線の受話器を置いたオトメが、勢いよくデスクから立ちあがる。 「現場で急患が出て、すぐに行かなくちゃならないんだけど……交代の当直医の人が遅れてるみたいなの。その人が来るまでのちょっとだけでいいから留守番お願いできるかしら、ごめんなさいね」 早口で言いながら、オトメは医療用キットがはみ出た鞄を肩に引っかけ、俺の横を走り抜ける。 「本当助かるわ、ありがとう!」 「え、いや、その……」 俺が口を開いたころには、既に白衣の後ろ姿は遠くなっていた。 「………ええっと」 手にしていたメモが、オトメの起こした一陣の風にへろりと折れた。そこに記してあるのは、これまた人からの頼まれごとだ。何だろうこれは。逆わらしべ長者か。 まあ、研究に集中し出すとあっさりと時を忘れるフミのことだから、そう急ぐこともないか。 結論づけて、フミからのリクエスト――理論上の最強栄養ドリンクの名が書かれた紙を、俺はパーカーのポケットにたたんで入れた。 ため息一つで、医務室の中に足を踏みいれる。扉を閉めようとふり返ったところで、俺は動きを止めた。 いつからそこにいたのだろう。ジプスの制服姿の女性がひとり、今にも倒れそうな様相で俺の後ろに立っていた。あわてて道を空ける。 「ごめん、気がつかなくて」 「いえ……」 青い顔で首をふった女性の肩が、ふらりと揺れた。とっさに手を伸ばしてその背を支えれば、意外にしっかりとした手応えが返る。治安維持を業務とする部署の人なのだろう、きちんと鍛えられた体つきだ。改めて見れば、その顔も何度か悪魔の掃討の折に見かけた覚えのあるものだった。 「すみません、高瀬さん」 「いや、こっちこそ。ちょうど今、先生が席を外してるんだけど……とりあえず、横になったほうがいいよ。肩貸すから、そこまで歩ける?」 消え入りそうな声で、ありがとう、と女性がつぶやいた。 だらりと垂れた腕を取って、自分の首にかける。その二の腕が首筋に触れた瞬間、俺は身ぶるいをした。冷たい。氷のようにとまでは言わないが、制服の厚い生地越しでなおわかるほどのそれは、明らかに普通の体温じゃない。 思わず、女性の方へと顔を向ける。 「高瀬さんは、あたたかいですね……」 かすれた声が、やわらかく耳に触れた。濡れた吐息が首にかかる。 「お願い……少しだけ、わけてくださいませんか」 女性の呼気からは、ひどく甘いにおいがした。おどろきに背中を支える手が離れた瞬間、冷たい腕が俺にからみついた。 首筋にちくりと鋭い痛みが走る。とっさに振りはらおうとしたが、先ほどまでのぐったりした様子と打って変わって、抱きしめてくる腕が強い力で締めあげる。 「う、あ……っ」 指先からしびれたような感覚が這い上がる。すうっと四肢が冷たくなって、貧血のように視界が揺れた。ずるずると、女性の身体ごと崩れて床にひざをつく。 うまく動かない首をひねると、女性が俺の首筋に顔をうずめているのが見えた。すすり上げるような湿った水音がする。女性の甘いかおりに混ざって、かすかにさびた鉄の匂いがした。 ―――あれ、もしかして俺、血を吸われてる? 目眩が強くなる。意識がふうっと遠のいていく。 女性の腕に抱かれたまま、力の入らない首がぐらりと前に折れた。 これは、さすがに、まずいんじゃないか――― 思考をさえぎるように、ふっと上から影が落ちた。 医務室の出入り口に誰かが立っている。編み上げのブーツ、黒いコートに包まれた痩身、順に目線を上げていって、最後に力を振りしぼってわずかばかり顔を上げれば、最近はもういいかげん見慣れた美貌がぎょっとした表情を浮かべているのにたどりつく。 ヤマト、と呼ぼうとした声は音にはならず、かすれた息がのどから漏れた。 その驚愕の表情が、見る見るうちに憤怒のそれに変わる。 「貴様、佑人に何をしている!?」 鬼神すら震えあがりそうな怒声に、しかし女性は無反応だった。 俺はといえば、もはや指先ひとつ動かせる気がしない。 ヤマトの行動は速かった。女性に向けて、迷いなくスキルを発動させる。物理系のそれに、俺を抱きしめていた彼女の身体がびくんと大きく跳ねた。 一撃で気を失い、仰向けに倒れていく相手に引きずられて重なるように倒れこむ。 「佑人!」 切迫した声が俺を呼んだ。力強い腕に抱き起こされる。 その胸に背中をもたせかけられ、ぐらりとかしいだ俺の頭をヤマトの手が支えた。うすい色のひとみが間近にのぞきこんでくる。 「しっかりしたまえ、佑人」 大丈夫、と言おうとしたが、くちびるがふるえるだけで言葉にならない。 布越しの体温がひどくあたたかくて、俺は、静かに息を吐きながら目を閉じた。 凍えそうなほどの悪寒に、夢も見ない真っ暗な眠りから引き戻される。 「……寒い」 身を包む毛布らしきものをさらに巻きつけながら口の中でつぶやくと、近くで空気の揺れる気配がした。閉じていたまぶたをようよう引き上げる。 とたん、そのすき間から差し入った灯りのまぶしさに、思わず目を細めた。 「ようやくお目覚めか。佑人」 平坦な声が耳を打った。暖色のルームランプに照らされた内装は、医務室ではなくヤマトの私室のもので、横たわっていたのはそこに据えられたベッドの上だった。 しみるような明るさにうめくと、ランプに歩み寄ったヤマトが灯りを落とした。代わりのように窓辺の帳を引き開ける。 遮るもの一つない高層階の窓から差しこんだ月の白いひかりはランプのそれよりもずっと明るいものだったが、ひとみを刺す痛みは消えて、俺は大きく息をついた。 ベッドサイドに戻ってきたヤマトに、呼びかけようと口を開く。かすれた音しか出てこず戸惑っていると、ヤマトは俺を抱き起こし、ミネラルウォーターを注いだグラスを口もとに押しつけた。 とたん、のどの渇きがこみ上げてくる。俺は、くちびるにあてられたそれから冷たい水を飲みくだした。 ゆっくりとかたむけられたグラスを最後まで干して、けれど少しも乾きが収まった気がしない。 熱を持った息がのどを通り抜ける。ヤマトは、じっと観察するような視線で俺を見つめてから、呆れをにじませた声を出した。 「まったく……菅野の使い走りに出ていると聞いて探しにきてみれば、その先であのようなものに食われかけているとはな。あまり心配させてくれるな」 ごめん、とくちびるを動かした。それから、あの人はと問えば、やれやれと言いたげな顔でヤマトが答えをくれた。 「安心するといい、あれからすぐに専門の医療機関に搬送させた。しかし、相手を選ばぬ厚意は、決して美徳ではないぞ。これで少しは懲りてもらいたいものだがな……」 嘆息混じりに言って、ヤマトは声音を改めた。 「さて……お前は現在の自身の異常を理解しているか?」 とまどいを込めて見つめ返せば、ふっとヤマトが息を吐いた。コートを脱いだ姿で、その襟もとに手を掛ける。ネクタイを引いてゆるめると、シャツの襟を大きくくつろげた。 その格好で寝台の上に身を乗り上げると、半身を起こした俺のうなじに腕をかける。ヤマトは、俺の頭をその首もとに勢いよく引き寄せた。 「では、これでどうだ」 低い声が、顔を埋めたところからも振動となって伝わってくる。 押しつけられた肌に、俺は思わず息を詰めた。 あたたかく、張りのあるヤマトの首すじからひどく甘いにおいがする。それは、以前一度だけ口にした馬鹿高いワインか何かのような、くらくらしてくるほどの強いかおりだった。 気づけば、ごくりとつばを飲みこんでいた。それでもまたすぐ口内に唾液があふれてくる。息苦しさともどかしさに、うすく口を開ける。はあ、と熱い息が漏れた。 普段触れあう時にはヤマトの方がひんやりしているように感じるのに、今触れる肌はあたたかく、すり寄りたくなるようなぬくもりを帯びていた。それほど身体が冷えているにもかかわらず、奥の方からじりじりと焦げるような熱がこみあげてくる。 「お前を襲った局員は、ヴァンパイアに魅入られていたようだな。あの者ほどの重症ではないはずだが……おそらくは、吸血衝動があるのだろう?」 なんとか耐えがたい芳香から身を引きはがそうと、俺はヤマトの腕の中でもがいた。 それが伝わっていないはずがないのに、俺の頭を首筋に押しつけるヤマトの力はますます強くなる。 「頼む、から……ヤマト……」 何とか声を絞り出して訴える。放してほしい。このままでは、自分が何をしでかすかわからない――いや、もうほとんどわかっているからこそ、どうか。 懇願への答えは、落ち着きはらった拒絶だった。 「構わん。吸いたまえ、少しは楽になるだろう」 なに言ってるんだよ。言い返そうと息を吸いこめば、本気で目が回りかけた。 ああ、本当にいい匂いだ。ぞくぞくと背筋にしびれるような感覚が這い上る。それは、思考が麻痺するほどの誘惑だった。 ヤマトが首をかたむけ、そののどもとを大きくさらす。 「あ、あ……」 たえきれず、俺はうめいた。かちかちと歯がふるえて音を立てる。思わず伸ばしていた舌先が、その白い肌に触れた瞬間、俺はヤマトの首筋にむしゃぶりついていた。 少しばかり伸びた犬歯が、その肌を破る。小さくヤマトがうめく声が聞こえたが、それは俺を呼び戻すどころか、さらに行為をエスカレートさせる役にしか立たなかった。夢中になって、にじみ出てくる甘く濃厚な液体を舐めとり、すすり上げる。 「ん、っ……う、ん……っ」 小さく鼻を鳴らしながら、唾液とともに、すすり込んだヤマトの体液を飲みくだす。 身体の芯でうずいていた熱が、かっと全身をまわりだす。灼けるように甘いしびれが背筋を駆けあがり、また駆け下りていく。 「ふ、……あ、……ヤマトっ……」 息を継げば、甘ったるい舌足らずな声が転げ出た。たまらずその痩身にすがりつくと、俺の首筋を抱いていた手がすべって、後ろ髪をやさしく梳いた。その指先に、ぞくぞくと身を震わせる。 は、とヤマトが低く熱のこもった息を漏らした。そこには苦痛ばかりでなく、俺の身を支配しているものとよく似た酔いがひそんでいるように思われた。 のしかかった身体で、そのままヤマトの背をシーツに押し倒す。のけぞった白いのどに鼻先をうずめ、俺は犬のように獲物の首筋を噛み、その血潮をすすり続けた。 「…………ごめん。ほんっとうに、ごめん」 ヘッドボードに寄せた枕にその背を預け、ヤマトは無言で目をすがめる。俺はシーツの上に正座して、膝につきそうな勢いで頭を下げた。 「悪かった。全然歯止めきかなくて、その……反省してる」 全力で頭を垂れつづける俺に、ヤマトの沈黙が崩れた。くっとのどの鳴る音に続けて、こらえきれないといった調子で愉快そうな笑い声が降ってくる。 「フ、フフフッ……君がこれほど恐れ入っている姿を見るのは初めてだな。私としては、それだけでも十分に元が取れたくらいだが……顔を上げたまえ」 おそるおそる頭を上げると、けだるげな様子ながらヤマトはその口もとを笑みに引き上げていた。 「私がいいと言ったのだ、気に病むことはない。が、君がその迂闊さを反省し、つぐないたいと言うのならば……さて、どうしてもらおうか」 ヤマトの双眸が悪戯めいた色に光る。俺は、嫌な予感に思わず身を引いた。 「えっ、いや、その……」 「そうだな、心ゆくまで君は私をむさぼったわけだ」 俺が言い逃れようとする前に、ヤマトが楽しげに言葉を継いだ。 「では、今度は立場を逆転と行こうじゃないか。しかし私は見ての通り、動くのもおっくうな有様……誰のせいとは言わんがな」 腕を伸ばしたヤマトが、手袋に包まれた指先で俺ののどをなで上げた。 触れるか触れないかのそれに、俺は思わず息を詰めた。首すじがかっと熱くなるのは、いまだ抜けきらない悪魔の浸食の影響ばかりじゃない。 「っ……! ……つまり、その……俺に、動けって?」 「ああ、さすがは君だ。理解が早いな」 何とか言葉を返せば、まるで獲物を愛でる猫のようにヤマトが目を細めた。 「上に乗りたまえ。まさか、嫌とは言うまいな?」 宣言通り、ヘッドボードに背を預けた姿勢のまま、その口もとにうすい笑みを張りつけて、ヤマトは俺のするにまかせている。 これでは下を脱がせるのは無理だと早々にあきらめて、投げ出された脚からはブーツを、腕を取って白い手袋を引きはがし、シャツのボタンを外すと、あとはそのスラックスの前だけをくつろげた。俺のほうは、ハイネックのシャツ以外は脱ぎ捨てている。それだけ残したのは、相手が着衣のままなのに、自分だけ何も身につけていないというのはどうにも心許なかったからだ。 俺が自分で慣らしているうちに、それを見物していたヤマトのほうもいくらか反応していたようで、ローションで濡れた指を這わせれば、いくらもしないうちに固くなった。 それを片手で支えながら位置を合わせる。濡れた先端が触れて、ぬるりとすべる感触とその熱さに、俺は思わず身ぶるいをした。 ゆっくりと腰を落としていく。くちゅりとぬかるんだ音を立てて、自分でないものが中に入りこんでくる。 「っ、く……」 圧迫感に息が詰まる。驚くほどに痛みはなかった。いまだに引きずる夜の眷属の因子と、それがもたらす昂揚に覆い隠されているのだろう。俺は大きく息を吐いた。 「入った……ね」 「ああ」 見下ろしたヤマトの表情は、悔しいくらいに平静だ。ふるえそうな息をこらえてゆっくりと言えば、あっさりとした首肯が返った。背筋のぞわぞわする感覚をごまかしきれず、熱を帯びた息を吐く。 「何だよ、自分だけしらっとした顔しちゃって……この、格好つけ」 「私がどうこうというより、そちらに常ほどの余裕がないのだろう」 少し考えるような顔をして、ヤマトが俺の下肢へと手を伸ばした。その白い指が、触ってもいないのにかたちを変えかけているものへと触れる。ヤマトの親指の腹がぬるりとすべったその瞬間、走った快感に小さく身体が跳ねた。 「……ッ!」 「さて、お前を蝕んでいるのはヴァンパイアの概念であって、淫魔のものではないはずだが……やはり、人の体液を己の力とする性が影響を及ぼしているのだろうな。何にせよ、苦痛が薄いようで何よりだ」 納得したように言われて頭に血が上る。申し開きをしようと身じろぎ息を吸ったとたん、中で当たる角度が変わって意図しない声が漏れた。 「うあっ……!」 とっさに、ヤマトの後ろ首にすがりついた。崩れそうな身体をなんとか支える。濃灰のシャツの肩口にひたいをつけ、しばらく荒い息をついていると、吐息で笑う音がした。 「どうした。お前が動いてくれるのではなかったか?」 「わかっ、てる……っ!」 返答を絞りだすと、俺はヤマトの両肩に手をついてわずかに腰を浮かせた。ずるりと粘膜をこすられる感覚に、もどかしい、むずむずするような熱がこみあげる。 「ん……っ」 やっぱりいつもと違う、と思う。普段なら当たって気持ちいいと思える場所は限られていて、他は異物感ばかりだったのが、単なる摩擦でさえ快感につながる刺激として身体が受け取っているようだった。 「ふっ、……」 くちびるを噛みしめ、ヤマトの肩をつかみ直した。 さほど腰を上げられないままに、また沈めていく。身体を動かすたび、つながったところからくぷくぷと水と泡の混じり合ったような粘性の高い音が漏れる。 ようやく全部入ったと思ったところで、ふいにヤマトが身体を揺すり上げてきて、奥をつつかれる感覚にたまらず俺はのけぞった。 「あ、あ……っ!」 つまさきが、シーツの上でずるりとすべる。仰向けに倒れそうになった背を、ヤマトの腕が引き戻した。 「おっと、大丈夫か?」 支えた背中をなだめるように撫でながら、しれっと言うヤマトに俺は歯がみした。背骨の上をなぞるしなやかな指先の感触になおさら息が乱れる。 「お、前……っ、動かないって言ってたくせに……っていうか、勝手に動かすなよ……っ」 「それはすまなかったな。お前が苦労しているように見えたものだから、つい」 耳もとで笑い声を立てたヤマトは、ついでとばかりにそのくちびるで俺の耳朶を食んだ。ぬるりと耳にねじこまれる濡れた舌先に、ぞわりと背筋がそそけ立つ。 「いらないお世話……っ! ちゃんと動いてやるから、もう、絶対に、余計なことするなよ」 「ああ、いいだろう」 笑みを含んだ声に、俺は奥歯を噛みしめた。こうなったらもう、さっさと終わらせてやる。 いつのまにか、手には汗がにじんでいた。ヤマトの肩をつかむ手がすべりそうになって、指に力を込める。しっかりとつかみ直してから、思いきり身体を揺すってやった。 「っ、く」 ヤマトが低い声でうめいたが、ダメージが大きいのはむしろこちらのほうだ。 じわじわとにじむようだった熱が、輪郭のはっきりとした刺激に変化する。それをこらえて大きく腰を引き、また落としていく。そのたびに、こすれるところからたまらないほどの気持ちよさがこみあげて、こらえきれなくなる。 「ふ……っ」 口から漏れるかすれた吐息は甘ったるく、まるで自分のものではないようだった。押しとどめようと必死にくちびるを噛めば、ヤマトが眉をひそめるのが見えた。 「佑人」 とがめるように呼ばれて、ヤマトが少し伸び上がる。くちびるが重なり、そのままうすい舌が割り入ってくる。あたたかな手が俺のうなじを引き寄せた。 「う、……ん、んっ」 くちびるの端からくぐもったうめきが漏れる。やわらかな舌先が、くすぐるように俺の口蓋を舐めた。ヤマトの舌は甘く、夢中になってそれを吸いあげる。ぴちゃぴちゃと唾液の混じり合う音がして、互いの粘膜がぬめってこすれ合うのが、どうしようもないほど気持ちいい。 身体が近づいて、すっかりかたちを変えていたものがヤマトの鍛えられた腹に当たる。 「……っ!」 息を飲んだ俺の反応に、ヤマトがちらりと下の方へ視線をやった。口づけを続けたままで、その手が俺の下肢へと伸びる。長い指がからみつき、ねばつく水音を立ててしごきあげられれば、たまらず腕から力が抜けた。 濡れてぬるりとすべる表面を、ヤマトの白い手のひらが何度も行き来する。 「ん、んんっ、……ぅん、んーっ」 口をふさがれたまま、鼻にかかって漏れる声はもはや涙声に近かった。すがった胸を何度も叩いて、ようやくくちびるだけは解放される。 息も絶え絶えになりながら、抗議に口を開く。 「お、お前、それ……とりあえず、手、放せ……ッ!」 「何故だ? 私は約束を違えてはいないぞ」 お前の身体を動かしてはいないだろう、と茶目っ気を帯びた表情で言うのに、いっそ泣き伏したくなった。 「ヤーマートー……」 「わかった。私もそろそろ苦しくなってきたし、お前のやる気を尊重しよう」 苦笑とともにヤマトの手が外される。途絶えた刺激に俺は肩の力を抜いた。 「だから、始めっから、そうしてくれって言ってるだろ……」 大きく息を吸って、呼吸を整える。ヤマトの腰をつかんで、重い身体を持ち上げようとして、俺は思わず声を上げた。 「あれ?」 力を込めてヤマトの腹を押しているのに、まったく身体が持ち上がらない。焦ってもう一度、腰を上げようと試みる。今度はわずかに浮き上がったが、すぐにひざが震えだして踏みとどまれなくなる。 「ちょ……っ!」 ずるりと手がすべった。それまで支えていた体重までをも載せて、ヤマトの腹の上に落ちる。 「っ、あ!」 思いきり奥を突かれた格好になって、衝撃に腰が跳ねた。そのまま身をこわばらせ、ぶるぶると震えていた俺に、ヤマトが眉根を寄せた。 「おい、大丈夫か」 はくはくと口を開け、声を出そうと試みるもしばらく言葉にならない。何度か息を吸って、吐いて、ようやく震える声が空気を揺らした。 「ごめ……ヤマト」 苦しい息の下からかぶりを振った。ひたいに汗がにじむ。 大きく息をついた俺の顔を、ヤマトが首をかたむけのぞきこんだ。そのわずかな動きにすら耐えかね、呼吸が乱れる。収まったものをぎゅっと締めあげ、そこから返った刺激にますます腰が砕けた。さらに奥へと、内壁をこすってずぶずぶと入りこんでくる。 たまらず俺はのどを反らしてあえいだ。脚が小刻みに震えて、断続的に跳ね上がる。 ヤマトがわずかに苦しげな声を漏らした。俺はなんとか首を振る。 「も、……ムリっ、ぽい……動け、ない」 にじんだ涙に視界がかすむ。こらえきれずにこぼれた一滴が、汗と混じりながらあごをつたって、ヤマトの腹にぽたりと落ちた。そのまましばらく上がる息を整えて、ようやく、ヤマトがそのあいだ身じろぎ一つせずにいてくれたことに気づく。 「………ヤマト?」 閉じていたまぶたをうっすらと開ける。ぼやけた視界のなかで、ふうっと大きくヤマトが息を吐いた。 「悪かった」 「なに、が……」 もつれる舌で問えば、ヤマトが俺のほおにかるくくちびるをつけた。 「いささか、やりすぎたな。お前が常態でないのはわかっていたんだが……過ぎた快楽は苦痛と変わらんだろう」 やさしいと言っていいほどの声音で、ヤマトはささやいた。 「お前はもう動かなくていい。すぐ、終わらせてやろう」 ぐるりと視界が回った。月明かりでうす青い天井に、組み敷かれたのだと遅れて気付く。 「ヤマ……ッ」 俺を見下ろすヤマトの双眸は、欲望と同時に、いたわるような色を宿していた。その目にじっと見つめられて、子どものように泣きだしたい気持ちがこみあげる。 今でもまだ、お前のすべてにためらいなくうなずけるわけじゃない。 俺は、相手の気持ちに自分のそれを添わせることに慣れてはいたけれど、だからこそ、ほとんどすべての人間を切り捨ててしまうお前のとなりにいることが、時折どうしようもなく苦しかった。 それでも、お前は、俺の苦痛を汲み取ろうとしてくれた。人の情を許せなかったお前が、他人の――俺の心に寄り添おうと、不器用に、歩み寄ろうとしてくれた。 そうやってたしかに、少しずつお前は変わっていったのだ。でなければ、悪魔に侵食された局員への対応ひとつでも、もっと違ったものになっていただろう。 そして、今も。 遠慮呵責なくこちらを揺さぶっているようでいて、ヤマトは自分の快感を追うよりも、俺の様子を注視しているようだった。 じっと見つめてくるまなざしに耐えかねて、目をつぶる。その拍子に、まなじりから涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。 「佑人」 うながすような声音に何とかまぶたを引き上げれば、ヤマトが目を細めてこちらを見下ろしていた。 「お前はかわいいな」 「このタラシ、そういうこと、真顔で言うな……っあ!」 こみあげる気恥ずかしさをごまかそうと、口にしたつたないののしりは途中で嬌声に飲みこまれる。 「私が欲しくてたまらないという、いい顔だ」 俺と同じように余裕を無くして、熱を帯びた声音でヤマトがささやく。 我欲のままにふるまうことは苦手だった。俺がどうしたいかじゃなく、相手を見て、求められるだけ寄り添った。そうして、つくろいも偽りもなく、俺はいつだって笑ってきた。 だけど今、どうして、こんなに、こらえが効かなくなるのか。 熱に浮かされた頭でとりとめもなく考えながら、一方で俺は、その答えをもう受け入れていた。 「好き、……好き、だ、ヤマト……」 かすれた声が、のどから漏れる。息が詰まって涙が止まらない。手を伸ばし、あたたかい背中に腕をまわしてすがりつく。 返された声は、やさしく、甘かった。 「ああ……そうだな。私もだ、佑人」 「ひ、あっ……!」 女の子みたいに甲高い声がのどから漏れて、けれど、それを恥ずかしいと思う余裕はもうなかった。 こんなにたやすく骨抜きにされるなんて、自分でも単純にできていると思う。それでも、気持ちは泣きたくなるほどに充たされていた。 ろくに力の入らない腕で、ゆるゆると腰を動かすヤマトの背中にしがみつく。指先を這わせたシャツは互いの汗で湿っていた。その下の肌の熱さが、じわじわと手のひらに伝わってくる。 思わず、吐息まじりの湿った声がついて出た。 「……いい、きもちい、ヤマト……」 まともな思考が飛ぶほどの快感に、舌がもつれる。こんなじらすようなやさしい動き方ではなく、どうにかなりそうなぐらいに強く突いてほしい。口が勝手にさらなる刺激をねだる言葉を吐きだす。 「そこっ……そこ、もっとこすって……っ」 「……何?」 ヤマトが、その切れ長の目をすこし大きくした。思わず、といったふうにその動きが止まる。そのまままじまじと見つめられて、俺はシーツの上で首を振った。 「なんで、ヤマト……っ!」 じりじりと内から灼かれるようなもどかしさに、涙がにじんだ。 「ん、あ……ふっ」 必死になって自分から腰を押しつけ、立ちあがったものをヤマトの腹にこすりつけた。ようやく得られた直接的な刺激に満足して、俺は小さく息を吐く。 「佑人、……くそ」 不意に低くうめいたヤマトが、荒々しく奥を突き上げた。突然与えられた動きに俺は大きくのけぞった。そのまま、ヤマトは抜き差しを繰りかえす。 「あっ! あっ、あっ、あっあっ」 容赦なく体をむさぼられ、ちぎれた声が吃音じみたものになる。とろけきった俺の声に重なって、ぐぷぐぷと耳をふさぎたくなるような水音がひびく。 「っ……佑人、君も、感じているか?」 耳もとに落とされた熱っぽい声に、夢中で俺はうなずいた。ゆさゆさと大きく揺さぶられながら、混乱した思考のままに目の前の相手の名前を呼ぶ。 「ヤマト……やっ、あ、ヤマト……っ!」 応えるように、ヤマトの腕が俺の腰を抱きよせた。ぐちゃぐちゃと奥でかきまぜられて、深まった結合にわけもわからず身もだえる。 「あ、もう、俺っ……あ、あ、あああ」 かすれた嬌声は、深く重なったヤマトのくちびるに飲みこまれた。 最後のほうはもう、何がなんだかわからなくなって、ただひたすらしゃくりあげていたような気がする。 枕に顔をうずめて、ほてる顔と重い腰にうめいている俺に、ヤマトの小さな笑い声が降った。 あやすように後ろ髪を梳かれ、首すじをくすぐられる。俺は、ほんの少しだけ顔を上げて、ちらりとヤマトの顔を盗み見た。 「なに、ご機嫌になってるんだよ……ヤマトのえっち」 「ああ、非難の一つや二つ、甘んじて受けよう。なりふり構わず自分の欲望を追いかけるお前など、そうそう見られるものではないからな」 思わず、枕に顔を埋め直した。落ちつけ、俺。何度か深呼吸を繰り返し、思いきり吸いこんだヤマトのにおいに撃沈する。ダメだ、ここにいても状況は悪化するばかりだ。 のろのろと身を起こす。 「佑人?」 「シャワー貸して。汗でもうべったべた、気持ち悪い……」 見れば、もともとほとんど着衣を乱していなかったヤマトは、すっかりいつも通りの様相だ。 毛足の長い絨毯に裸足のつまさきを降ろす。勢いをつけて立ちあがろうとして、俺は思いきりバランスを崩した。 先に寝台を降りていたヤマトが、俺の肩をつかんでぐらつく身体を支える。 「無理をするな。歩けそうなら肩を貸すが、どうする」 「……うん」 以前、事後に抱き上げようとして、おどろいた俺が盛大にあばれたのを覚えていたのだろう。俺がうなずくと、ヤマトは支えていた腕を取って自分の首の後ろにかけ、もう片方の腕を俺の腰にまわした。 「お前ばっかり、なんでそんなに元気なの」 受け入れるよりはずっと楽なのだろうが、それでもそれなりに疲れるものじゃないのか。浴室までの短い道のりをのろのろと歩きながら思わずぼやけば、あっさりと返される。 「それは、基礎体力の差だろうな。ああ、今回に限って言えば、悪魔の因子に振り回されたことによる消耗のほうが大きいと思うが」 「あー……そっか。っていうか、俺、治療とかは」 「本体に噛まれたわけではないのだから、そう案ずることもなかろう。多少発作が出るかもしれんが、せいぜい数日で収まる程度だ」 うえ、と思わずうめきが漏れた。 「数日って……十分長いよ」 がっくりとうなだれた俺のとなりで、ヤマトが楽しげな笑い声を立てる。 「ちくしょう、他人ごとだと思って、バカヤマト……」 「心外だな。君の大事を、他人事などと思ってはいないさ」 くつくつとのどを鳴らしながら、ヤマトが腕を伸ばした。浴室へと続く扉を開ける。今度は、あふれでたやわらかな乳白色の灯りが目に痛みをもたらすことはなく、俺はほっと息をつく。 「ウソつけ、言葉と態度が一致してないぞ」 安堵から冗談交じりに訴えれば、俺の視線を受け止めて、ヤマトがついとやわらかく目を細めた。 「おや、疑われるとは残念だ。……君の飢えがみたされるまで、何度でもつきあう心づもりだったのだが」 くすぐるように、ヤマトの息が首すじに触れた。ぞわっと這い上がる感覚に身をよじった俺を、力強い腕が支え直す。 「っ、ちょ、ヤマト……!」 「なに、他でもない君と私の仲だ、遠慮は要らん」 遠慮してない! 言おうとした台詞はもはや声にならない。 「……楽しみに待っているぞ、佑人」 耳に落とされた声の艶っぽさに、知らず、俺はあふれるつばを飲みくだした。 Fin. |