■  天使さまの憂鬱  ■




「フロリンダ。あなたには、今日はクライヴの同行をお願い……」
「ええええええぇ?」
 セレンが言い終わらないうちから、妖精の甲高い声が重なった。
「クライヴさまのですかぁ!?」
 他の妖精たちはすでに出払い、ラキア宮にいるのはセレンとフロリンダの二人きりである。静まりかえった宮内には、しばしその叫びの余韻がひびいていた。
「フロリンダ……」
 少し困って、セレンは問うた。
「……嫌なのですか?」
 フロリンダの愛らしい容貌が、苦しげにゆがんだ。セレンから視線を逸らし、ふよふよと宙をただよいだす。
「えと、いやっていうわけじゃあないんですけど…」
 ペンギンの羽根の部分が、じたじたともがく。
「なんていいますか、フロリンとしては、クライヴさまの近くにいたくないなあっていうか…いっしょにいるの耐えられないーっていうか、そんな感じなんですぅ」
「……あの、フロリンダ」
「はい、天使さまぁ」
「それが嫌だと言うことなのでは…?」
「そ、そんなことないです!」
 フロリンダは、ばたばたと慌て気味に羽ばたいた。
「フロリン、天使さまのおっしゃることなら、ちゃんとがんばってきますからっ」
「そ…そう……?」
「はいっ!」
 大きくうなずかれて、天使は少し首をかしげた。
「そうですか…あなたがそういうのでしたら…。それではお願いしますね、フロリンダ」
「はあい、天使さまぁ………」
 セレンは手をふって、うなだれた妖精の青い背中を見送った。
「…………。と、ともかく私も勇者の同行に出かけましょう」


 そして三日後。
「天使さまああああっ!」
 ロクスに同行していた天使のもとへ、ちいさな影が飛び込んできた。
 青いペンギンが、勢いよく天使の胸に飛び込む。
「ど、どうしたのですか、フロリンダ」
「だめです、だめなんですううぅ」
「なにがです?」
「フロリン、もうたえられませーん!!」
 青いペンギン妖精は、天使の胸に顔を埋めてわんわん泣いている。
「落ち着いてください、フロリンダ…何があったのか、話してはくれませんか?」
「そんなことより、僕はそいつの陣取ってる場所の方が気になってしょうがないんだけどな…」
 ロクスが、思い切り引きつった顔で妖精を眺めている。
「あの、あのですね、天使さまあ…」
「はい」
「フロリン、クライヴさまの同行はもうやです!」
「そんな、フロリンダ……」
 きっぱりと言い切られ、困って天使は着ぐるみの頭を撫でた。
 今は人手、もとい妖精手不足で、他に身が空いている者がいないのだ。
「わけを聞かせてくれませんか? …いったい、どうしてそんなにクライヴが苦手なのです?」
「それは……」
 えぐ、と妖精はすすり上げた。ほおを汚した涙を、天使は指先で拭ってやる。
「だってクライヴさまがぁ…」



◆      ◆      ◆



「クライヴさま、これから、フロリンが同行させていただきますぅ。よろしくおねがいしますね」
「…………………」
「あの、クライヴさま?」
「…………………」
「ク、クライヴさまぁ……………」
「……………ああ」



「クライヴさま、クライヴさまはどうして夜型なんですかあ?」
「……………………」
「お昼のほうが、フロリン明るくて気持ちよくてずうっといいと思いますぅ」
「……………………(ひくっ)」
「クライヴさま、おひさまに当たらないからそんな不健康に青いんですよぉ?」

「……あ、あれ? クライヴさまぁ? ああっ待ってください、置いてかないでください〜〜〜!」



「………最近、天使はどうしている」
「それがですねぇ、天使さまがこないだ、ロクスさまに間違えてクライヴさまの装備される剣を差し上げちゃってぇ…」
「…………………………」
「ロクスさまってばへそを曲げられちゃって、たいへんだったんですよぉ。天使さまも困ってしまわれて…」
「…………………………」
「仕方がないから、それから天使さま、ロクスさまが機嫌なおすまでっておっしゃってここ最近、ずっとロクスさまに同行なさってるんですぅ」
「…………………………(ピキィ)」
「ロクスさまにも、困ったものですよねえ… って、……な、なんでクライヴさまそんな怖い顔してるですかぁ? ………ふ、…ふ、ふえええぇん!」



◆      ◆      ◆



「…てな感じでクライヴさまひどいんですぅ」
「本人前にしていい根性してるな、このちび……」
「ふ、フロリンダ………」
 天使は、いろんな意味でおろおろと呟いた。ロクスのこめかみには青筋が浮いている。
「そ、その…クライヴは無口なのはたしかですが、けしてそんな… …ええと」
「そんなもこんなも、クライヴさまは無味乾燥なこと干しかんぴょうみたいな方なんですぅ!!」
「ほ、干しかんぴょう…?」
「それにいっつもでろでろしたのとばっか戦闘して、気持ち悪いですぅ!!」
「それはあのあたりにアンデッドが多いのですから、仕方ないのでは…」
 おろおろと言う天使を、妖精は涙目で見つめる。
「どうして天使さま、そんなクライヴさまのことかばうんですかあ?」
「いえ……かばっていると言うほどのことでもないと…」
「とにかく、とにかくいやなんですうう!!」

 妖精の絶叫に、セレンはため息をついた。
「………わかりました。それでは、私が代わりにクライヴのところへ行きましょう」
「ええっ!」
 妖精は、大きなあどけない目を見開いた。
「ご、ごめんなさい、天使さま…あんなとこに代わりに行っていただいちゃうなんてぇ…」
「フロリンダ、あんなところって…」
 困りつつ、天使は胸に埋まった妖精を引き離した。両手で持って、顔をのぞき込む。
「その代わり、あなたはこのままロクスに同行していてくださいね」
「おい。そんな勝手に…」
「わかりました、天使さまぁ。フロリンがんばります!」
 天使は、やさしく微笑んだ。
「頼みましたよ、フロリンダ」
「おまえらちょっと人の話を」
「はい、天使さまもがんばってください!」
「それでは行ってきます、フロリンダ。あ、ロクス。そういうわけで失礼しますね」
 ついでのように言われて、ロクスは地団駄を踏んだ。
「こんなもんひとに押しつけてくなっ!!」
「まあ、ロクス。そんな…………」
 しばらく、天使は沈黙した。

「……すみませんがよろしくお願いします(にっこり)」
「ちょっと待てええええ!」


 その後、ロクスの元でフロリンダがさんざんいびられたのは言うまでもなく。
 耐えきれなくなったフロリンダが天使のもとへ駆け込んだのは、はや三時間後のことだった。


 天使の苦労は、とこしえに。





fin.


back