荒れ地の赤茶けた地面を見つめ、ゆっくりと歩く。 陽光にさらされたうなじを、冷たい汗がすべりおちた。 父を殺し、天竜を倒した今もまだ、夏の強い日差しは体にこたえる。 クライヴは、足を止めて額をぬぐった。 再び歩きだそうとした先に、ふいに日をさえぎってすいと大きな影が落ちる。とっさに、クライヴは空を仰いだ。 両眼に強い痛みが走る。すがめた視界を、大きな鈍色の翼を広げた鷹が横切っていった。 クライヴは、自嘲に口の端をゆがめ、再び歩きだした。 それでも、いつか。…来るかもしれない彼女を待っている。 実りが、アルカヤの大地を覆い尽くす。 やわらかな金茶の麦の穂が、ざわざわと風に揺れる。クライブはそっとほほえんだ。 こんな麦畑だった。彼女はふわりと降りたって、彼と一緒に歩いてもいいかとたずねた。 何年か前の、秋のこと。 共に歩きながら、君は麦穂が美しいと言った。 俺はうなずいて、君の揺れる薄茶の髪の方が、もっとずっと美しいと思った。 昔言えなかった言葉が。君に伝えたい言葉が、たくさんある。 そよかぜ吹く丘の上に、ひとり立つ。 クライヴの前髪を、ふわりと風のかいながすくい上げた。 なぐさめるように頬をかすめ、クライヴの黒髪を梳いていく。…彼女の指先に、似ていた。 眺めやった淡い春空は、彼女のひとみの色。 もう、ずいぶんと昔のことのように思える記憶をそっと引き出す。 君は、アルカヤの春を、大地を、…生けるすべてを、愛していた。 春の日差しに似て、だれにも降りそそぐ慈しみでもって。 もしかしたなら、…だれをも選ばない、残酷な優しさで。 北の地に、暗く厳しい冬が来る。 繰りかえされる四季のうち、クライブはこの季節を好んでいた。 ふわりと、目の前に落ちてくるものがある。 手を伸ばすと、それはすんなり掌に落ちた。思わず、唇をほころばせる。 小さな小さな、白い欠片。 彼女のいるところから、降りてきたもの。 はかなく溶け消えた雪片に、クライブは目を伏せた。 何も、自分の手に残りはしないのだ。雪のひとかけらも。…白い羽根も。 クライヴはふと、雪を受けた手を見つめた。 しっかりとした指。張りのある肌。 ……自分は、変わっていない? 待っている。 彼女に会える日を。 来るかもしれない、来ないかもしれない。 まだ来ない。 まだ、…来ない。 だから、待っていなくては。 この地で。この世界で。 彼女の羽根が降る冬。 彼女の愛した春。 彼女と歩いた秋。 巡る季節の中で。 待っている。 待っている。 ………待っている。 彼女を。 彼女。 なにか―――伝えたい言葉が、あった。 わからない。 待っている。 待っている… 彼女。…彼女? だれかを。 ……何のために。 伝える、ため。……何を? それでも、自分は……… 早春の夜空を、青年は見上げた。 時ならぬ雪が、ゆっくりと落ちてくる。 それを掌で受け、青年はぼんやりとまばたきをした。 待っている……。 瓦礫の中から、もう一度、空を見上げる。 つと雲が切れて、美しい満月がのぞいた。 青年は、ゆるゆると紅いひとみをほそめた。 ああ、……のどが乾く。 fin. |