01. 冷たい真実 [ SUMMON NIGHT2 / Toris + RE-O-LD ] 「前から思ってたんだけど」 かかとでくるりとターンして、トリスは後ろをふりかえった。手にした機械製のランプが、暗い通路に光の帯を走らせる。 「ロレイラルの遺跡って、ちょっと寒々しすぎるのよね」 放った言葉は、タイル張の床にぶつかり幾重にも跳ね返った。少しばかり、声を落としてつづける。 「エルジンくんも、前はこんなような遺跡に住んでたって話だけど。あんな小さな子が、どうやって生活してたのかしら」 たった今探索している遺跡の存在を教えてくれた、幼い機界の守護者を思って、トリスはため息をつく。 「……それは、よけいな心配というものだな」 その手に鋼の杖をたずさえた青年が、淡々と応じた。 「この遺跡からは、既にほとんどの機能が失われてしまっているようだが…正常に動いてさえいれば、充分に人間の活動に適した環境が維持されているはずだ」 そのほそい指先が、鼻先の眼鏡を神経質に押し上げる。 「建材に金属を多く含む分、寒暖差の影響を受けやすくなることは否めないが、エネルギーの伝導率とシステムの保護を考慮するならば、利用できる素材はある程度しぼられてくるわけで……おい、聞いているのか、トリス?」 とげのある声に、トリスはこめかみを揉む手を止めた。薄目を開ければ、案の定、険しい顔の兄弟子がいる。 「えっと、その、……ごめんなさいネス、あたしが悪かったです」 ごまかすように笑ってみる。青年の眉根のしわは深くなった。 「まったく反省の色が見られない。だいたい君は…」 「そ、それより!この遺跡の機能が失われてるっていうなら、ネスの探しものが残ってるかどうかが心配よね!ねっ?」 「君にしては、至極もっともな意見だが」 青年のうろんなまなざしが突き刺さる。 「僕たちがどんなデータを探しにきているのか、そもそもそこを君は理解しているのか?」 「えっ? そりゃあ…アレでしょ、アレ」 「アレとは?」 容赦のない切り返しに、ひきつる顔を隠してトリスはえへへと笑ってみせた。 「ええと、その、つまり……なんだっけ?」 「まったく…」 青年はあきらめ顔になった。 「今さら蒸し返しても仕方のないことだが…ついてきてくれなんて、僕は一言も頼んでないんだぞ、トリス」 そうして、深いためいきをひとつ。 「皆といっしょに、宿で待っていてくれればよかったんだ。君が来たところで、探索の役に立つわけじゃなし。僕と、それにレオルドがいれば充分なんだからな」 兄弟子の言いように、トリスは口をとがらせた。 「でも、もしもなにかあったとき、ふたりぽっちじゃ危ないじゃないのよ」 青年のさらに後ろから、静かにつき従っていた機械兵士が、その目を赤く光らせた。 「本施設内ニ、我々以外ノ生命反応ハアリマセン、あるじ殿」 硬質な合成音声がひびく。 「防御しすてむヲ刺激スルコトガナイ限リ、危険性ハ低イト言エルデショウ」 皮肉げに青年がつづける。 「僕と彼の二人で対処できないような想定外のアクシデントが発生したとして、そこに、まともに召喚術も使いこなせない君がおまけにいてくれたところで、事態が好転するとも思えないがね」 「むうううぅ」 自らの護衛獣と兄弟子、その双方から頂戴した返答に、トリスはほおをふくらませた。 「なによ、二人して、あたしをのけ者にしなくたっていいじゃないっ」 開き直って言い放つ。 「そりゃあ、たしかにあたしは役立たずかもしれないけど。でも、レオルドは、ネスじゃなくって、あたしの護衛獣なのよ。レオルドが行くなら、あたしもついていくのが当然ってものでしょ!」 「普通、反対じゃないのか、それは…」 青年のつぶやきは聞かなかったふりで、かまわずトリスは、前を向いて歩き出した。 「さーむいーよ、こーわいーよ」 うすく鳥肌のたった腕をこすりながら、小さな声で、でたらめな唄を歌ってみる。 「だーれもこなーいよー……」 声はわんわんと反響して、返って空々しさをかきたてる。トリスはぶるりと身をふるわせた。 「ううう、この通路、どこまで続くのよー…」 「さっきから何をぶつぶつ言ってるんだ、トリス」 いつのまにか離れかけていた兄弟子たちの背中に、あわててトリスは駆け寄った。 「いやそのね…うわっぷ!」 突然止まったその背に、いきおいあまって鼻先をぶつけ、ちいさくうめく。 「なによ、突然…」 言いかけて、トリスは口をつぐんだ。 「ええっと、…いきどまり?」 首を傾げたトリスに、青年の硬い声が応じた。 「いや、おそらくはこの奥が目的のコントロールルームだ」 のぞきこめば、確かに赤い光を灯したパネルが、前方の扉脇についていた。 「よかったじゃない! ってどうしたの、怖い顔して」 「どうやら、こういった装置の取扱い方をしらない不作法者が、我々の前に訪れていたらしいな。防御システムが作動したまま、解除されていないようだ」 言われて、トリスは扉付近を見直した。目に見える異常はない。 「え、でも、別におかしなことなんて……」 兄弟子の横から、一歩、踏みだす。 「不用意に近づくな、トリス!」 首根っこをつかまれたと同時、けたたましいアラーム音が鳴り響いた。 「!」 入れ違いに、レオルドが前へと飛び出す。すばやく赤いパネルに取り付いた。 「ちょっと!」 あわてて、トリスは声を上げた。 「レオルド、あなた、なにするつもり… ッ!」 次の瞬間、はげしい閃光と熱が、目を焦がす。トリスは叫んだ。 「……レオルドッ!!」 くらんでいる目を押して、トリスは護衛獣のいたほうへと踏みだした。 「待て、トリス! この手の侵入者排除システムは、連動式であることも…」 あわててひきとめる腕を、手の甲で払いのけた。 「せめて安全を確認してから…ッ、トリス!」 くちびるを噛みしめ、トリスは駆けだす。 確認! 確認ですって、まったくごもっともな言い草だわ。 じゃあその場に飛びこんでいった彼はどうなるのだ! 徐々に回復する視界のなか。膝をついた彼、そのだらりと垂れた腕の、ちぎれかけた接続部分からパチパチと火花が散っているのが見えた。もう片方の腕は、今なおパネルを操作しつづけている。と、小さな電子音とともに、パネルにともる光が碧のそれに変わった。 「だいじょうぶ、レオルド!?」 つと、無事だったほうの腕が伸びて、駆けよるトリスを制した。 「危険デスノデ、ドウゾ触レナイデクダサイ」 泣きそうになりながら、伸ばした指先をにぎりこむ。 「どうしてこんな無茶…ッ!」 「落チツイテ下サイ、あるじ殿。攻撃ノ性質及ビ範囲ハ、予測シウルモノデシタ。自分ハ、ソノでーたニ基ヅキ、最善ト判断サレル行動を取ッタマデノコトデス」 常と変わらぬ静かな声音が、金属製の回廊にひびいた。 トリスは、ゆっくりまばたきをした。 「……最善?」 なかば無意識に、その言葉をなぞる。 「ソウデス、あるじ殿」 トリスは、意識して大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。 抑揚のない機械音声でつむがれた言葉が、自分の心の回路のなかでぱちぱちと火花を散らす。 「……あたしが作動させちゃった罠を? あなたがそんな無茶して、むりやり止めるってことが? 最善だったって、…そう言うの?」 一歩の距離を置いてにらみつける彼女に、それでも、目の前の機械兵士は、これっぽっちも変わらぬ気色で、声音でただ言うのだ。 「あるじ殿ノ安全ヲ確保スルニハ、最善デアッタト考エマス」 「そんな、おかしいわよ… どうして、そうなっちゃうのよ」 泣きたいのか怒りたいのかわからない、その衝動をこらえて、トリスは言いつのった。 「まず、自分のこと、ちゃんと大事にしなきゃだめじゃないっ!」 「デスガ、あるじ殿。ソノ身ヲオ守リスルコトガ、自分ニトッテノ最優先事項ナノデス。自分ハ、あるじ殿ノ、護衛獣デスカラ」 その熱のない言葉が、トリスの、はりつめた最後の理性を吹っ飛ばした。 「……そう」 低く、かみしめるようにトリスは呟いた。 「レオルドは、あたしの護衛獣で…あたしがマスター……よーく、わかったわ」 ねめつけながら、声がふるえているのが、自分でもわかった。 激昂のままに、叫ぶ。 「しょうがないわよね! レオルドは、そういうふうに造られてるんだもの。たまたま喚んだのがあたしだったって、ただそれだけのことで、こんな…」 「トリス!」 肩をつかんだ力と、厳しい叱責のひびきに言葉が途切れる。 はっとして見あげた先で、険しい目をして、兄弟子の青年がこちらを見おろしていた。 「……君は、自分が何を言っているのか、わかっているのか」 「あ…」 我に返って、トリスは声を漏らした。 こんなこと、言うつもりじゃなかった。 ゆるゆるとふりむけば、彼は、変わらぬ無機質な表情で、ただかすかにその赤い目を光らせた。 「あるじ殿、…自分ハ」 痛い。己の胸に走った感覚に、トリスは身をすくめた。 胸が痛むのは、傷つけてしまったのだと、そのことがわかるから。 「レオルド」 いつのまにか、わかるように、なった。それは自分が聡くなったとかそういうことではなくて。 彼自身が変わったから、だから。 「……オッシャル通リデス、あるじ殿。登録サレタますたーヲオ守リスルヨウ、自分ハアラカジメぷろぐらむサレテイマス。…ケレド」 「ごめんなさいレオルド、あたし……っ!」 鋼鉄の胸郭に、トリスは両の手を当てた。 その内に、確かに感情と呼ぶべきものが宿っていることを、知っている。 「ソレデモ。貴女デハナイ何者カニ従ウ自分ヲ思ウトキ、回路ノドコカニ、不可解ナ過負荷ガ発生スルコトヲ知ッテイマス」 胸をこみ上げる熱いかたまりが、そのまま涙となってほおを伝い落ち、トリスはくちびるをふるわせた。 落とした視線の先で、彼の機械の腕がぴくりと上がりかけ、そのまま静かに降ろされる。 「貴女ガ、ますたーデアッテヨカッタト思ッテイマス。……あるじ殿」 |