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02. たったひとつ  [ ナルニア国物語 / Lucy + Tumnus ]



 卵は、あといくつ残っていたっけな?
 保冷庫がわりにしている北向きの張りだし窓に目をやれば、白い吹雪が世界を塗りつぶしている。
 タムナスは首をすくめて、お客様用の紅茶を淹れることに専念した。
 オイルサーディンのトーストに、やわらかくゆでた茶色の卵。あたたかな紅茶にたっぷりのミルクと蜂蜜をそそげば、ふんわりと、甘い香りが立ちのぼる。
 ティーセットをのせたトレイをささげ持ち、タムナスはかるい足取りで客間へ向かった。
 部屋へ踏みいるその前に、こほんと軽く咳払い。
「お待たせしました、ルーシー! どうぞ、フォーン特製のお茶を、……」
 目に入った客人の様子に、タムナスははりあげた声を途中でぐっと呑み込んだ。
 燃える暖炉の前に据えた革張りの座椅子へ、そろそろと近づく。己のひづめが音を立てぬよう、できうる限りの努力を払いながら、一歩、また一歩。
「……ルーシー?」
 ナルニアを善く治める四人の兄妹王、その一番下の娘は、椅子に深く身を沈め、うつむいたままで返事をしない。
 タムナスは片膝をついて、その顔をのぞきこんだ。
 娘は、おだやかに寝息を立てていた。成人してなおあどけなさを残した目もとには、かすかに疲れの陰が宿っている。
 もしや、忙しい中、時間をやりくりして訪ねてくれたのだろうか。
 タムナスは、己の手織りの肩掛けを外し、そうっと娘の体の上に滑り落とした。
 かすかに長いまつげをふるわせたものの、目覚めなかった彼女に安堵する。座椅子の横の床に厚めの織物を敷いて、タムナスは腰を下ろした。
 暖炉の中で、ぱちん、ぱちんと軽やかな音を立て火の精たちが踊る。そのステップに合わせてひるがえる、精霊たちの緋色のドレスの裳裾が、眠る娘のなめらかなほおに、細かな刺繍のほどこされたオフホワイトのローブに、あたたかな色味をゆらめかせる。
 ほどよく乾いた空気の中に溶けているのは、紅茶のかぐわしい香りと、ほんのわずかに木炭の燃えるにおい、それから娘のまとうやわらかく甘い気配だ。
 扉を開けて、一歩外へと踏み出せば、世界は吹雪に暗く閉ざされている。甲高い風の悲鳴に、窓枠のがたがたとおそろしげに震える音。人の命を削り取ろうと忍びよる、白い冷気。けれど、それだからこそ、炎に守られた家の中はこんなにもここちよく、あたたかなお茶が人のこころをとろかせる。それは、この季節にだけ味わうことのできる、特別な幸せだ。
 ほうっと、タムナスは息をついた。
「……白き冬を、こんなふうに思える日が来るなんて」
 百年の雪に閉ざされたこの国に、うつくしい春を、にぎやかな夏を、実りの秋を、再生を待つための冬を。タムナスの心に、あたたかなぬくもりを取り戻してくれた予言の子。
 片膝を立てて、タムナスは娘をそっとのぞきこんだ。
 かつてほんのこどもだった彼女は、幾たびかの季節のめぐりを経て美しい娘へと姿を変え、けれど出会った頃と変わらぬまっすぐなひとみとかざらぬ気立てでもって、タムナスへと笑顔をむける。
「……ルーシー」
 すっかり安心しきって眠る娘が、くちもとにあわいほほえみを浮かべた。
 すべてがあまりに満たされていて、息が詰まりそうで、タムナスは泣きたくなる。
「どうか、ずっと、あなたの、良き友でいさせてください」
 そっとのばした指先で、娘のほおにかかったやわらかな髪を払って、善良なるフォーンはささやいた。
「それ以上のどんなものも、……わたしは望みはしないから」




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