> BACK


02. 向こう側  [ FAVORITE DEAR / Eileen + Angel ]



 こんなんで大丈夫なのかな。
 と、アイリーンはときどき思うのだ。

「ねえ、ちょっと、セレン?」
 呼びかけた自分に、かすかに首をかたむけてほほえみかえすその姿は、どこまでも綺麗で優美。ずっと人のいない島に住んでいて、人間を疑うことを知らない真っ白で大きな水鳥。そう、例えるのならそんな感じ。
「なんですか、アイリーン」
「念のために聞いておくんだけど」
「はい」
「……ほかの勇者からさ、変なちょっかいかけられたことなんて、まさかないわよね?」
「変な、というと……どのような?」
 不思議そうに問われて、アイリーンは言葉に詰まった。
「ええっと…なにかされる、っていうか。…なんて言ったらいいのかな」
 純粋な彼女へ、自分の憂慮するところを改めて告げるのは、ちょっとどころでなく気恥ずかしい。
「はい?」
 天使がまばたきをした。
「たとえばね……手を握られるとか好きだとか……」
 ええいと、覚悟を決めて続ける。
「うっかりベッドに押し倒されたりとか!」
「ああ、そんなことでしたら……」
 天使は、にっこりほほえんだ。
「ありましたけど、それが何か?」
「そう、ならいいんだけど、……ってぇええええ!!!?」
 思わず、アイリーンは両手で天使の胸ぐらをつかんだ。
「あんたそれ、ちょっ、そんなのんきに笑ってられるような話だと思ってんの!?」
「お、落ち着いてください、アイリーン」
 びっくり顔の天使の体を、アイリーンは力任せに揺さぶった。
「こーれが落ち着いてられるよーな状況なわけないでしょー!!」
「あ、あの、別に、何か、危害を加えられたとか、そういうことは、ないですから」
 ぐらんぐらんと前後に揺れながら、なんとか言葉を紡いだ天使に、アイリーンはふっと手を止めた。
「…………あのね。セレン?」
 至近距離で、にっこりとほほえむ。
「はい。アイリーン」
 あからさまにほっとした様子の天使を、思い切り怒鳴りつける。
「そんなん当たり前でしょうがー! あんたが食べられちゃった後だったとかなら、あたしは相手の男をぶち殺しに行ってるわよ!!」
 わずかにのけぞってから、当惑顔で天使が返す。
「でも、私は人間ではありませんから」
「だから、なんだってのよ!?」
「そもそも、恋愛感情の対象になりえないかと思いますよ。安心してください、アイリーン」
「あ、のねえ……」
 アイリーンは、顔が引きつるのを自覚する。
「そんなこと言っちゃってるようじゃ、なおさら、ぜんぜん、これっぽっちも! 安心できないんだけど!!」
「そう言われましても……」
 言いかけて、天使はくすぐったそうな笑顔になった。
「……でも、そんなに私のことを、心配してくれているのですよね。とてもうれしいです」
 それから、アイリーンがどれほど口を酸っぱくして、言葉を尽くしても、天使はにこにこと微笑むばかりで。アイリーンはちょっと泣きたくなった。



 ねえちょっと、こんなんでほんと、大丈夫なわけ!?
 と、アイリーンは思うのだ。
 浮世離れしていて、疑うことなんて知らなくて。招かれたならば例えお皿の上にでも、ちょこんと舞い降りてきてしまいそうな天使さま。そんな彼女を、男どもが放っておけるわけなんてないんだから。
 アイリーンはひとりこぶしをにぎる。
 ああもう、彼女は、あたしが守ってやんなくちゃ!!

「………って。ちょっと待ってよ」
 これ以上なく情けない気持ちで、アイリーンは空を仰いだ。突き抜けてさらに向こう側、彼女の上司のいるだろう場所へ、問いかけてみる。
「ねえ、守護されるのはこっちじゃなかったっけ?」

 アイリーンの問いに、答える者はない。




> BACK