05. 禁止 [ おおきく振りかぶって / Abe + Mihashi ] 「そういえば、三橋。さっきの柔軟だけどな」 ぎしりと音がしそうなほどあからさまに、三橋が身をすくめる。おびえたまなざしが、上目遣いに阿部を見つめた。 「……あんな立ち方じゃ、へたすりゃ足首痛めるぞ。もうちょっと、そうだな」 マウンドに歩み寄って、その足元へとかがみこむ。 「片足引いて、ほら、こっちの足、つまさきだけで立ってみろ」 「あ、あ、う…わあ!」 阿部の示すように動こうとした三橋の体が、ぐらりとかしいだ。しりもちをつく。 「おい…だいじょうぶか?」 あわてて阿部は立ち上がった。地面にぺたんとついた手をつかみ、引っぱり上げる。 ようよう立ち直った三橋の腕を検分するも、怪我はなさそうだと見てほっと息をついた。 「わりぃ。まあとにかく、さっきみたいな感じでやったほうがいいんじゃねえの」 「う、ん。気をつける、から」 緊張に青ざめた顔で三橋がうなずく。 己のポジションへと戻りながら、阿部は、思わずもれそうになった吐息をなんとか飲み下した。 三橋の前じゃ、タメ息ひとつ、つけやしない。 自分のミットに目を落とす。吸い込まれるようにして、ここにおさまる三橋のボールを思った。 投手が振りかぶって、飛び込んでくるボールの手ごたえが体にひびくまでのほんの一瞬。意識から、相手以外のすべてが消える。心地よい高揚感。世界新の選手と同じ、無心の集中。その瞬間を、自分たちは確かに共有している。そう思うのは、己の勝手な錯覚なのだろうか。 自分を見るおびえたまなざし、にぎっても冷たくこわばった手に感じるのは、なんともいえない空しさだ。 三橋を意のままに動かすことはたやすいけれど、その信頼を得ることだけが、こんなにもむずかしい。 思いをめぐらせて、ふと阿部はキャッチャーマスクの下で苦笑した。 あの、卑屈で気弱な性格には目をつぶる。おとなしく言いなりになってくれるなら都合がいいくらいだ。そう考えていたのは、そんなに昔のことじゃない。けれども、そのときとは180度反対のことを願う自分が、ここにいる。 不興を買うことを恐れて首を振らないっていうんじゃ、ちっともうれしくない。 オレのリードならだいじょうぶだと、そう信じて、投げてくれればいいのに、と。 うかがうようにこちらを見ている三橋と視線が合って、阿部はふと口元をゆるめた。 「まあ……気長にいくか」 自分の性格には多少不似合いな選択だ、それでも。 あいつからの信頼を、このミットに受けとるためなら、歩調を合わせてやろう。素直に、そう思った。 |