> BACK


09. まなざし  [ SUMMON NIGHT / Banossa * Aya ]



「……バノッサさん」

 異世界の少女の声がきこえる。
 透きとおったおだやかなそれが、どうしようもなく耳に付く。

「バノッサさん」

 うるせえ。黙れ。
 ……もう、呼ぶな。
 耳をふさいで。背を向けて。

「バノッサさん、……」

 ふと、声が止んだ。ふわりと、後ろで空気のゆれる気配がした。
 遠ざかる。

「……バノッサさん」


「さよなら」


 思わず、ふりかえった。
 少女の姿はなかった。
 ただ、やわらかであたたかな光だけが、空虚を満たしていた。





 バノッサは目を開けた。
 薄汚れた木の天井が映る。背には、うすいマットの感触。

 息をとっさに吸い込んで、胸郭に激痛が走った。
 触れてみれば、ごわごわと包帯が巻かれていた。あばらが折れているかもしれない。

 ぼんやりと、混乱した記憶をつなぎあわせる。
 耳に残るは、この身に宿った魔王の哄笑。
 カノンの泣く声。少女の叫び。
 己から引きはがされた、狂気と悪意の向かった先は。

 バノッサは、ゆっくりとまばたきをした。
 拍子に、冷たいものがほおを転げ落ちる。


 色濃い魔の気配にくまどられて、それでも、彼女は。
 最期にこちらを見て、ちらりとほほえんでみせたのだ。





> BACK