14. 理由 [ SUMMON NIGHT / Touya + Sol ] 「ほんとうは、運命なんて、無いんだよ」 誓約者たる青年は、静かに笑んだ。 「…そうだね、流れはある。たとえば、王の息子として生まれたものは王となり、貴族の娘は、決められた相手と結ばれる……そんなふうに、まわりの環境による、方向づけは存在するよ」 「でも、そこで王子が出奔したら? 娘が、恋した相手の子どもを産み落とし、けして手放さないと拒んだら……? ああ、そういう抵抗の仕方が、必ずしも正しいと言ってるんじゃない」 ただね、と続ける。 「始めからそうなるように決まっていたんだと……そう、あらがえない運命なんだと信じている状況すら、ほんとうは、他の可能性を残しているんだ。流されてきた歩きやすい道の横に、…見つけるのがむずかしくて、そこを歩むのが幸せと決まっているわけでもない、けれど確かにちがった道は無数に存在している……」 その、伏せたひとみは深い泉に似て、おだやかに凪いでいる。 「むかし僕は、自分を取りまく環境からみちびかれる、なにもしなければ訪れるだろう未来を運命と取りちがえて…そして、そこから外れることなんて、できやしないと思ってたんだ。あらがってもなにも変わらないんだって。小賢しく悟ったつもりになって。……馬鹿だったな」 言って、誓約者は晴れやかに笑った。 「どんなリスクを負ってもたどりつきたい未来、叶えたい望みがなかったから。そんなことが言えたんだって。この世界へ来て。…大切なひとたちと出会って、やっと気がついたから。だから、今なら言えるよ。けして変えられない未来を、運命というのなら。……そんなものは、存在してやしないんだ」 「それに、こんなことを言ったら、笑われるかもしれないけど」 照れたように、切れ長の目元がうっすらと染まった。 「だれより…大切なひとがいるんだ」 変わった表情が、ふいに彼を年相応の青年に見せる。 「ほんとうのことを言うとね。はじめ僕は、また、同じところにはまりかけてたんだ。自分の喚ばれた意味を求めて…彼と出会うために、救うために、ここへ連れてこられたんじゃないかって」 「でも、彼だったから、なにを捨てても守りたいと思ったんだ。彼を守りたいと思った、この気持ちまで、だれかに定められたものだったなんて、冗談じゃないから」 「そのひとを大切に思う気持ちを、いっしょにいられる今を、始めから決まっていた運命だなんて思いたくない。自分の意志で、彼と僕が選択した結果なんだって、信じたいよ…」 「あいつが、いたから」 そして、護界召喚師は言う。 「運命だって信じていた、他に道など無いんだと思いこまされていた、閉じた世界から、俺は抜け出すことができたんだ」 まだ少年のまろみをおびた造作に似合わぬ、大人びた苦笑をのせて、続ける。 「あいつは、厳密な意味での召喚師じゃない。この世の因果律も知らず、ただ、望みのままに異界へと手をさしのべる。だからこそ、ああも軽々とすべてを飛び越えてしまうのかもしれないな。…だが、それでも」 英知をやどす目と、呪をつむぐ朗々たる声で、護り手たる召喚師は告げる。 「この世界にはたしかに理(ことわり)があり、時の趨勢とも言うべき流れがある。召喚術の素人にして、エルゴの王なんていう、とんでもない規格外のあいつがなんと言おうと。それは無視のできない、厳然たる事実なんだ」 「だからもしかしたなら、俺たちが出会い、心をあずけあうことも、その流れのうちだったのかもしれない。…でもまあ、どうだっていいんだよ、そんなもんは」 いっそ気高い孤高の獣のように、首を上げて。 「こうなることこそが運命だったかどうかなんて、知らない」 召喚師は宣する。 「たとえだれかの作為の末だとしたってかまわない。俺は、あいつとともにあることをねがい、そしてあいつといられて、いま幸福なんだ。重要なことは、それだけだ」 「これが運命だろうと、なかろうと」 |