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16. 望むモノ  [ おおきく振りかぶって / Abe + Mihashi + Haruna ]



「それでさあ、タカヤのやつ、ことあるごとにオレのこと最低呼ばわりしやがって、もう最悪だったわけよ!」
 熱弁する榛名が、コーヒーカップをがちゃんと置いた。ファミレスの喧噪の中でも響いた音に、三橋は身をすくめる。パフェをすくったスプーンをにぎりしめたまま、きょどきょどとさまよわせた視線の先で、いやな顔をしたウェイトレスと目が合ってしまって泣きたくなった。
「お前もバッテリーなら、たまにはがつんと言ってやれよ、がつんと。でないとあのガキ、つけあがるばっかだぜ」
 まったく気にすることなく、大声で榛名は話し続ける。
「ほんと、生意気なんだからさ。そういやあんときだって…」
 しかめっつらの榛名は、けれど、どこか楽しそうに見えた。ああ、阿部君のこと気に入ってたんだなあと、ぼんやりと三橋は思い、垂れかけたクリームを口につっこんで。
 その瞬間、不意に、目の奥が熱くなった。
 ほんとうに、最低なのは……オレなんだ。
 こらえようとしても、うめきが、のどの奥からこみあげる。スプーンをかみしめたまま、三橋は顔を伏せた。
 阿部君が、榛名サンの本当の相棒になることをどんなにか望んで、それが叶わないことに絶望して、だからこそ離れてしまったことを知っていて、でも、オレはそのことを、この人にだけは教えない。
 阿部君は、ほんとうにすごい捕手で、榛名サンこそが彼にはふさわしい投手なのに。
 阿部君が望めば、今ならきっと榛名サンだって、喜んで受け入れるはずなのに。
「お、おいちょっと、なんだよ、どうした、なんでいきなり泣くんだよ」
 榛名のとまどう声が、頭の上から降ってきた。
「なあ、オレなんかしちゃったか?」
「…ち ちがっ、そんな じゃ、なくて」
 必死に首を振りながら、それでも三橋は顔を上げられず、こみ上げる嗚咽にのどが鳴った。
 だって、阿部君がいなきゃ、オレはただのダメピーで。
 オレが阿部君にふさわしくないのはわかってる、でも、オレがマウンドに立つことと、投げる球を受け止めてくれるひとが阿部君であることはもう、オレの中でしっかりくっついてしまっていて、引き離せないんだ。
 阿部君だけが、オレが投げてても許されるんだって思わせてくれる。オレでもエースに…本当のエースになれるんだって、そう信じさせてくれる。

 信じる気持ちとおなじくらい、いつだって、そのことば一つ、まなざし一つが恐ろしくてたまらない。
 彼に見捨てられてしまったら。投げたいという感情以外になにひとつ、オレに残るものなんてない。

 本格的にとまらなくなった涙に、冷たいテーブルにつっぷしてちぢこまる。
「なあ、泣くなよ。オレがいじめたみたいじゃねえか」
 困ったような声の後、ふっと頭にあたたかいものが載せられた。
 ああ、阿部君が、心底望んでいた投手の手のひらだ。
 こんなにも自分は卑怯でずるいのに、不器用に髪をかき回すその手はやさしくて。
 思わずすがって口から飛び出てしまいそうになったことばを、オレは必死に飲み下した。
 おねがいだから、この手を彼にのばさないで。




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