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01. うたかた  [ Yafha * Aty ]



「気持ちいいですねえ」
 その白いおもてに月のひかりを受けて、目をほそめ、彼女は空を見あげていた。
 無造作に脱ぎすてられたブーツが、夜露のきらめく草の上に影を落とす。
 草原に突きでた岩を背にしてだらりと座りこみ、ヤッファは彼女の背を見つめていた。
 ふいに、首を曲げて彼女がふりかえる。
「ねえ、知ってますか? ヤッファさん」
「…なにをだよ」
 彼女は、軽い足取りで歩みよった。やわらかな素足が草を踏み、すぐとなりにすとんと腰を下ろす。
 ひとつ息を吸い込めば、娘の甘く息づく体臭よりも、折れた草の涼やかなにおいが増して、ヤッファの胸郭を満たす。
 間近にヤッファを見つめ、にこりと笑んだ彼女の面立ちは、こどものようにあどけなかった。
「月は、人のこころを映す鏡なんだそうですよ」
 淡いひかりを、冠のように髪に散らして。自らこそがその化身であるかのように。
「地上を怨嗟がおおえば、たちまちにその銀盤をくもらせ、まるで血のような赤い色に染まるのだとか」
「ふん?」
 生返事をしたヤッファに小さく笑って、娘が空をあおぐ。
 瑠璃をみがいてはめこんだひとみが、ひかりにうつくしくきらめいた。
「本当だったらいいなって、私は思ってるんですよ」
 明るい声で、娘は言った。
「だって、あなたと見ている、この島の月は、…」
 つと、その宝石がまぶたの下に隠される。
 見下ろせば、娘のほそい指が、その利き腕をかたくにぎりしめていた。
「アティ?」
 娘は、ゆるゆると首をふった。小さくその喉が動いて、ほほえむ。
「いつだって、泣きたくなるくらいにきれいな白です」



「……アティ」
 ぼんやりと、名を呼んだ。その声で目が覚める。
 ゆっくりと目を開ければ、あの日と同じ草原で、オレは独りで。
 涼しい風の中、胸にぽっかりと空いた空洞をかかえ、夢のなかの腕を思う。

 月に似た彼女は、けして彼女のものではない憎しみに染めあげられ、だれの手も
 とどかないところまでいってしまった。

 見あげれば、彼女の消えた今も。
 島の空に、月は白くかがやいている。







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