> BACK



 目の前で泣きそうに微笑っているひとへ、アティは手を伸べた。
 おずおずと伸ばされた腕が、アティの背中に回される。
 そっと、たがいに抱きしめあって。

 ああ、本当に、私たちはそっくりだと、
 誰かのことばをぼんやり思いだした。




03. 合わせ鏡  [ Heinel + Aty ]




 彼は、苦しげに眉をよせ、アティの肩にひたいをつけている。
 かがやく銀の髪が、さらさらとアティの背にすべりおちて、同じ色をした彼女のそれと溶けあっていった。
 そのからだはきっとひんやりと冷たいのだろうけれど、もう自分にはわからない。
 あたためあうことすらできないのに、それでも寄りそう自分たちは滑稽だろうか。


 ここは暗くて、きらきらとかがやいていて、まるで合わせ鏡のなかのよう。
 閉じこめられた彼と私の後ろには、けれど無限に、世界の、私たち自身の影が広がっている。
 悪意にゆがんだ私。憎悪にひきつった彼。
 引き裂かれ泣いている私。血に染まり呆然としている彼。殺意に狂いさけんでいる私。
 ほんの少しも動けずに抱きあっている、おたがいの背中の向こう。
 たくさんのちいさな私たちが映り、うごめいている。


 おそろしくないと言ったら嘘になるけれど。
 私とよく似たこのひとと、ぎゅっと手をにぎり合わせる。
 彼と私のねがいの代償がこれならば。
 何度繰りかえしても、私たちはおなじ道を選んだだろう。


 空気をふるわす音はなく、けれど彼の思いは、水が染みこむように伝わってくる。
 アティは、まわした腕に力を込めた。
 かなしみと、痛みと、嘆きと。けれど、そこに後悔だけはない。
 彼から流れこんでくるのは、鏡で映したように、おなじ思い。おなじねがい。

 みんなを守りたかった。
 そして、そのねがいは叶えられたから。

 あのひともあのひとも、目の前の彼を亡くして、その心が悲鳴を上げていたのを私は知っている。
 きっと彼も知っているのだろう。
 だけれど、生きてさえいてくれたなら。傷はいつかきっと癒えるから。
 けして、この結末は、まちがったものじゃないと信じてる。


 貴方を、貴方たちを守れてうれしいの。
 目の前のこのひとも、おんなじ気持ちなんです。

 でも、もしも、私が彼と同じように、そのこころに傷となって残ってしまっているのなら。
 それはとてもかなしいことだと思うから。

 アティは、ぼんやりと昏い世界をながめた。
 ねえ、貴方に伝えることができたらいいのに。




 私は今、幸せですよ?








> BACK