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04. 微熱  [ Nup * Aty ]



「37.6℃」

 アティは、ぼんやりと声の主を見あげた。
 青年は、苦笑を浮かべて体温計をふっている。
「しばらくはおとなしく寝ててくれよな、先生」
 はれぼったいまぶたを、ゆっくりとまたたかせる。
「ごめんなさい、ナップ…」
 声は、少しかすれて耳にとどいた。
「情けないですねえ… 今回、私はなんにもしていないのに。むだに島を留守にして、残ってたみんなにがんばってもらっちゃって、…」
 その上、帰った早々に寝こんでしまうとは。
 ついたため息が、のどに熱い。アティは、暗い窓の外を眺めた。
 いまごろ、みんなはおかえりなさいの鍋をかこんでいるのかな。
 思えば、残ってくれた青年への申しわけなさが募る。
「…なあに言ってるんだよ」
 おだやかな声がして、アティは目を戻した。
「先生こそ、剣も喚べないまま、護人のみんなを守ってずっと気を張ってたんだろ? 疲れがたまってたんだよ」
「うん……」
 そうなのかな、とアティは苦笑した。
「自分では、そんなつもりなかったんですけど」
 小さく青年が笑う。
「しょうがないよなあ。無自覚に無茶するのは、先生の十八番だから」
「なんだかひどい言われようですねえ」
「本当のことだろ?」
 否定できずに、アティは枕の上でころりと顔をそむけた。
「どうせ私は、無謀で考えなしですよ」
 背後で、青年の動く気配がした。
「先生?」
 アティは毛布を巻きつけ、ふりむかない。
「先生ってば」
 低い声が、すこし、沈んだ気配を帯びた。
「ごめん。オレが悪かった。…こっち向いてよ」
 あわてて、アティはからだを返した。
「え、その、ごめんなさい、別にナップを責めたわけじゃなくって、ですね…」
 思ったより間近に、青年の顔があった。
 寝台の脇にひざをついて、こちらをのぞきこんでいる。
 すぐそばで、切れ長のひとみが困ったように笑んで。
「あのさ、先生」
 いつのまに、この子はこんな大人びた笑い方をするようになったんだろう。
「うん、…なにかな? ナップ」
 ことばはいつも通りに返しながら、アティは、青年の顔をまじまじと見つめた。
「…無茶するなとは、言ったって無駄だろうから言わないけど。いいかげん、自覚はしといてくれよな」
 そっと大きな手が伸びてきた。
「剣の守護がなけりゃ、自分がそんな体力も力もない…おんなのひとなんだってこと」
 もともと丈夫にできてるオレとは違うんだから、と。
 前髪をかきあげ、そのままさらりと梳いたながい指は、すこし節の固い、剣をにぎる者のそれで。
 ひんやりと冷たくて、気もちがよかったのに。
 かえって顔が熱くなって、アティはうろたえた。
「あ…の、ナップ」
「……先生?」
 彼がそっと身をかがめてきて、アティは思わず固く目をつぶる。
 ひたいに、こつりとぶつかる感触。
「なんか、熱あがった? 真っ赤だよ」
 低い声、その振動が直接からだにひびいて、反射的に目を開ける。
「!!」
 ……開けなきゃよかった。
 至近距離に、眉根をよせた青年の顔があった。
 もう成長しきったはずのそのおもだちは、けれどアティのなかでは、まだおさない彼をたしかに引きずっていて、混乱する。
 なにか言わなくちゃ、と焦るのに、声がまるで言葉にならない。
 青年の少し伏せたまつげが、茶色のひとみに影を落としていて、頭のなかの冷静などこかが、意外にながいんだなあなんて場違いなことを考えている。
 混乱している彼女に気づく様子もなく、ひょいと青年の体がはなれた。
「いま、タオルを濡らしてくるからさ。あ、あとなんかほしいものってある?」
 こわばった体からどっと力が抜けて、アティはおおきく息をはきだした。無言で、ぶんぶんと頭を振る。
 振りすぎて、直後にくらりと目眩がする。
「あううぅ…っ」
「なにやってるんだよ、先生」
 うめけば呆れた声がして、青年の手が乱れた毛布をアティの肩まで引きあげた。ぽん、と子どもにするように上からたたかれる。
「すぐ戻ってくるから。おとなしく寝てるんだぜ」
 念を押して、青年はきびすを返した。


 ぱたん。
 軽い音を立てて、扉が閉まる。

 のろのろと、アティは両手を毛布の上に引き上げた。
 その手で、ほおをはさんでみる。
「あれれ…?」
 手だって熱を持っているはずなのに、それよりもあきらかに熱い。
 心臓も、やたらとどきどき言っている。
 困惑しきったアティの呟きが、部屋にぽつんとおちた。

「……どうしちゃったんでしょう、私」








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