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07. 手を伸ばす



 紅潮した幼いほおに、銀の髪がはりついていた。
 伸ばした指で、しっとりと汗ばんだ肌をまさぐる。組み敷いた身体がびくりとはねた。
 ちいさくやわらかな爪が、背中にかるく突きたてられる。
「ねが…い、…もう」
 泣き声のように、苦しげなあえぎが漏れる。
 のけぞった娘の、白い喉が目の前にさらけ出された。とぎれとぎれに上がる、ほそい声。
 ひかれるように、その喉笛にくちびるを寄せる。


「………フェア」
 はっと目を覚ますと、冷たい汗で全身が濡れていた。
 上っていた血の気が、自覚とともに一瞬で引いた。自分で自分が信じられない。何という夢だ。
 口もとを押さえ、よろよろと部屋を出たところで、今一番聞きたくない声が聞こえた。
「おはよう、セイロン! 今日はめずらしく遅かったじゃない」
 タオルを山と抱えた娘が、廊下の向こうから歩いてくる。
「………ああ、すまぬな、少々寝過ごした」
 後ろめたさをこらえて見下ろせば、娘の笑顔がふっと心配げにくもった。
「どうしたの? なんだか顔色わるいよ」
 顔に伸びてきた手に、思わず後ずさる。
「……セイロン?」
 怪訝そうな顔をされて、我に返った。
「あ、ああ、いやすまぬ。そなたに……」
 そなたに、我は。
「……平手を食らう夢を見たのだよ。それで、つい」
 苦しい言い訳をすれば、娘は怖い顔をした。
「ちょっと、なによそれ。人を勝手に乱暴者にしないでくれる?」
「あっはっは、すまぬと言っておるではないか」
 ことさらに笑ってみせると、娘の怒気が苦笑に変わる。
「まったくもう…っ。朝ご飯、用意してあるから。食べ終わったら桶に漬けておいてね」
 言い残すと、娘は軽い足音をたてて階段を上がっていった。
 その後ろ姿を、ただ見あげる。


 笑顔を見ていたい。その背を守りたいと思う。
 あのように泣かせたいなどと、望んだことはない。

 伸ばされた手をつかんで、引き寄せたいと願ったはずなど。







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