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09. 因果応報



 やわらかな日ざしの降る守護竜の御座には、十をいくつか超えたほどの少年が立っている。
 その傍らに控え、アロエリはかつての同僚を見下ろしていた。
「もう、気持ちは変わらないんだな。……セイロン」
 己の前に片膝をつき頭を垂れた龍人に、少年の押し殺した声音が降る。
「はい。この地において為すべき使命は、すべて果たすことが叶いましたゆえ」
「……どうしても」
 ふいに、少年の青いひとみが泣きそうに歪んだ。
「なあ、どうしても、帰らなきゃダメなのかよ。役目がなくちゃ……母さんといっしょにいられないって言うのかよ……ッ」
 ゆっくりと顔を上げたセイロンが、幼子を慈しむやさしいまなざしで告げた。
「守護竜殿にとってのこの里のように、この身にもまた、守るべき民があるのです」
 くちびるをふるわせる少年へ、セイロンがわずかに笑みを見せた。
「再びお目にかかることも叶いますまいが……ラウスブルグの末永き繁栄と、守護竜殿のご多幸を、心よりお祈り申し上げております」
 立ち上がり、深々と一礼をする。そうして背を向けた彼を引きとめる言葉を持てず立ちつくすあるじの横顔に、思わずアロエリは走りだしていた。


「セイロン!」
 高い天井に、己の声が大きくひびいた。
 謁見の間を出たところで、驚いたように足を止めた青年の肩をつかんでふりむかせる。
「おお、アロエリ。どうし……」
「ほんとうにこれでいいと、そう思ってるのか」
 ゆったりとした声音をさえぎって切り出したアロエリに、ひとつまばたきをしたセイロンの表情が、苦笑に変わる。
「ああ、もちろんだとも」
 そのひとみをアロエリは凝視した。そこに、一片の後悔が、もしくは迷いがありはしないか。
 けれど、白皙の面は内心を伺わせることなく凪いでいるばかりで、アロエリは顔を歪めた。
「あの方がなにを案じておられるか、おまえ、わかっているのだろうな?」
「アロエリ、……おぬしも守護竜殿も、見誤っておるのではないかね」
 ゆるやかな微笑みとともに、答えが返った。
「あの町で店主殿を支えてきた者は、何も我ばかりではあるまいに。なにより、店主殿は、おぬしが心配するほどには弱くもない」
 話は終わったとでも言いたげに、するりと肩をつかんだ手を外してセイロンは歩きだす。
「いま聞いてるのは、フェアのことじゃない。……おまえはいいのかと、そう言ってるんだ、オレは!」
 アロエリがその背に投げつけた言葉に、返答はなかった。静かな足音が遠ざかり、やがて気配も消え失せる。
 問うべき相手を失い、降りそそぐ日ざしと静寂の満ちる回廊で、アロエリはくちびるをかみしめた。


 おまえは馬鹿だ。セイロン。
 オレにだってわかるというのに。己を殺せば、たましいが歪む。
 そうして歪んだたましいは、悲しみを呼び寄せるばかりだというのに。


 そう告げたところで、彼が己の道を違えることはないのだろう。
 それもまた、わかりきった事実だった。






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