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11. 悪い夢



 自分自身のためだけに、命を捨てようと思っていた。
 ただ一度の身勝手を、許してほしいと願った甘えの代償が、これなのだろうか。

 暗殺者のみぞおちに蹴りを放った。揺れる空気に、黒い雪がふわりと流れる。
 ぬかるみに跳ねて落ちた体が動かなくなるのを見届け、つづけて気配を探る。感じ取れる範囲に殺気はないことに息をつき、周囲を見渡した。木立の影に落ちた、あざやかな色に目がとまる。
 血の混じった泥のなかに銀の髪をひたして、娘が倒れていた。
「……フェア!」
 自失は一瞬だった。駆けよって膝をついた。抱き起こしその腹に手を当てる。流し込もうとした気は、けれど娘の体に受け入れられず、とどこおったまま手のなかで散った。
 おどろき、まなこをのぞきこむ。焦点を失ったひとみに宿るひかりは弱く、澱んだ池のように眼前の己の姿すら映していない。
 ひゅっと、己の息を吸う音がやけに大きく耳に届いた。
「セイ、ロン……?」
 かすかな吐息とともに、娘の腕が上がった。たどるようにほおに触れてくる手は、ひどく冷たい。
「よかった、……無事、だった、のね……」
 娘のくちびるが、わずかにほほえみをたたえた。ずるりとその指がすべって落ちた。
「フェア……」
 声がかすれた。腕のなかで動かなくなった娘を、呆然と見下ろす。

 どのような汚名と引き替えであっても、ゆずれぬものがあった。
 くだらぬ誇りにしがみつき仲間を捨てた愚か者と蔑まれることも、承知の上だった。誓いを果たせず何者でもなくなった身を引きずって生きる代わりに、使命を抱いたまま不帰路をたどることが許されるならば。

 けれど、彼女を失う覚悟など、この身のどこにもありはしなかったのだ。







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