「シータスは、クライヴのどこが好きなのですか?」 妖精は、飲みかけだった花茶を吹き出した。 「よろしければ、教えてください」 真剣な顔で言いつのる天使に、むせ返りつつ絨毯の上で後ずさる。 「あ、あの……天使さま。どこがどうとかいう前に、ですね」 「はい」 シータスの言うことに集中してか、ぐぐっと天使がこぶしを握る。 「なぜ自分が、クライヴ様のことを好きだという話に」 「…………え?」 ごく不思議そうに、天使が小首をかしげた。 「違うのですか?」 「いや、その…」 シータスは、ごほんと一つ咳払いをした。 「……自分は、どの勇者様であろうと変わりなく職務を果たしている所存です。もちろん、クライヴ様に対して特段態度を変えているつもりもありません」 「ええ、わかっています、シータス」 天使は素直にうなずいた。 「それなら…」 「でも、好きですよね?」 「…………」 「ね?」 天使のまっすぐな瞳に、シータスは敗北した。 「……………ええ、まあ」 「ああ、よかった、間違っていなくて」 ほっとしたように微笑む天使に、思わずシータスはたずねた。 「あの…失礼ですが、天使様」 「はい?」 天使は、こくりと首をかしげてシータスを見た。 「確かに自分は、クライヴ様に好印象を持ってはいますが。態度を変えていないと言うなら、どうしておわかりになったんですか」 「ああ、それはですね」 天使は、にっこりと微笑んだ。 「ティタニアさまに、うかがったのです。クライヴと一番仲のよい妖精はどの子ですかと」 ……ティタニア様。妖精のプライバシー漏らさないでください。 シータスは噂好きの女王に内心ツッコミを入れつつ、とりあえず立ち直った。 「しかしですね。だからといって…」 「ああ、ごめんなさい、シータス」 言いかけたシータスを、あわてたように天使がさえぎった。 「あなたの勤務態度が真摯であることも、どの勇者もきちんと援護してくれていることもわかっていますから。とがめようというわけではないのです」 「は? …はあ」 「ただですね、その…」 天使は、少し言いにくそうにした。 「実は…フロリンダが」 天使の口から出た同僚の名に、シータスはまばたきをした。 「彼女がどうか?」 天使は、ふかーいため息をついた。 「…天使様?」 「実は、フロリンダが、クライヴのことを毛嫌いしているようなのです……」 「…………は、はあ」 「それでですね」 天使はぱっと思い詰めた表情になって、シータスににじり寄ってきた。 「ぜひ、クライヴと仲のよいシータスからフロリンダに…」 シータスは思わず、身を後ろにのけぞらせる。 「は、はい」 「クライヴの魅力! を説明してあげてほしいのです」 「………………………は?」 「ですから、フロリンダにクライヴの……」 真面目に繰り返そうとする天使を、シータスは手を挙げ遮った。 「い、いえ、そのようなことを言われましても」 フロリンダ相手に、クライヴ様の魅力を切々と語る自分。 ……………………すごく嫌だ。 「そんな! シータス、あなただけが頼りなのです…」 真剣に迫られて、シータスは汗を一筋。 「……………………あ、ああ!」 しばしの沈黙後、シータスはぽむと手を打った。 「それでしたら、天使様から直接告げられるというのはどうでしょうか! そうすれば、彼女も納得するかと思います、ええ!」 「……………え?」 天使は、しばらく考え込む様子を見せた。 「…そうでしょうか?」 「ええそうです、もちろんですとも!」 「は、はあ…」 押されるようにうなずいた天使に、すばやくシータスはたたみかける。 「それで、天使様ご自身は、クライヴ様のことをどう思っているんですか?」 「え? ええ、それはもちろん、勇者としての優れた資質の持ち主だと…」 「たとえば、どんなところが」 天使は、すこし首を傾げた。 「そうですね、不言実行なところとか」 ちょっと違うような。 「……他には?」 「他に… …ええと、不平不満を口にすることもなく、依頼を受けてくださいますし」 それも、単に無口なだけなのでは。 「それから……」 天使は困った顔をした。 「あ!」 思いついたように、ぱっと顔を輝かせる。 「真夜中にうかがっても、こころよく迎えてくださいます!」 そりゃ単に、あの方が夜行性なだけです。 つっこみそうになって、シータスはすんでで踏みとどまった。 「な、なるほど……そうですねえ」 かなりつっこみたい。つっこみたいが、しかしここで天使の努力を無下にしては、自分におはちが回ってくる。それは嫌だ。絶対に。 「……他に、なにかありますか…?」 「ええと。他に、ですか…」 ―――――――― 沈黙。 ………クライヴ様……。 彼の見る限り、どうやらこの天使に想いを寄せているらしい青年を思ってシータスは遠い目をした。 シータスとしては、彼の度を過ぎるほどの不器用っぷりになんとなく、ほほえましさを覚えているのだが。 報われる日は来ないらしい。どうも。 一度吹いてしまった花茶のカップを抱え、シータスがしみじみとしている中。 「……………あ」 天使が、小さくつぶやいた。 「はい?」 「それから……」 独り言めいたつぶやきとともに、天使が胸元を押さえた。 「それから、………わらってくれた時、」 天使の白いほほが、ふっと赤らむ。 「…………とてもとても、やさしい感じで、…泣きたくなります」 「…………あ、」 半ば唖然としたまま、シータスはつぶやいた。 「ああ…、……そう、ですか」 まつげを伏せて幸せそうにほほえむ天使に、一瞬みとれていた。 「そうですか、それなら…」 我に返って、シータスは小さく笑った。 「それでは…フロリンダに、そのクライヴ様の笑ったところを見せればいいのでは?」 天使は、ぱちぱちとまたたきをした。すでに、先ほどかいま見せた乙女の姿は消えている。 「えっ? そのようなことで、いいのでしょうか」 シータスはうなずいた。内緒話をうち明けるように耳打ちをして、笑ってみせる。 「ええ、…ここだけの話、彼女はむかしから、かなりの面食いでしたから」 くすり、とつられたように天使も笑った。 「ありがとう、シータス。では、そうしてみます」 シータスは自分が仕える天使に好感を持っていたし、かの勇者にもそれは同様だったので。 「…うまくいくといいですね。天使様」 天使は、にこりと微笑んだ。 「はい、そうですね。シータス」 とりあえず。 生真面目なローザあたりには、黙っていようと決めたのだった。 その後、天使と勇者、それから妖精たちがどうなったのか… それはまた、別の物語。 |