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ジルオール連作小話 「青い魂を持つ娘」

スタート地点「黄金色に輝く畑」
実際のプレイに肉付けするかたちで書いています。連作表題は、小話「旅立ち」より。

1. 始まりの言葉

 貴族という人種に、良い印象は持っていなかった。
 彼らは、ろくに畑の面倒だって見れないくせに(だからこそ?)ただただ私たちが育てた作物をむさぼるばかりの人々だったから。
 そう断言できるほどに貴族と付き合いがあったのかと問われたなら、首を振るしかなかっただろう。けれど、私の偏見をそのままかたちにしたような男ならば、ごくごく身近に…具体的に言えば私の生まれ故郷ノーブルの代官として、暴挙をふるってくれていた。
 それに刃向かっていた村人たちのまとめ役だった私が、今やこの地を治めるエリエナイ公、レムオン・リューガの異母妹。れっきとした貴族の一員となって、リューガ邸の一室でお茶を飲んでいるというのだから、世の中、ほんとうに何がどうなるかわからないものだ。

「……俺の顔に、何か付いているか?」
 私の兄となった、そのエリエナイ公が、怪訝な顔で見つめ返してきているのにあわてて首を振った。人の顔をじっと見つめてしまうのは私のくせだ。ボルボラは「なんだその反抗的な目は!」とよく怒鳴っていたので、私は彼も怒り出すのではないかと思ったけれど、新しい兄は「そうか」とだけ言って優雅なしぐさでティーカップをかたむけた。
 どうやら不快にはさせなかったらしいので、その横顔を、またじっと見つめる。
 鋭くととのった面立ちだ。私が出会った二人目の貴族は、私のこれまでの貴族像にかなりの修正を加えさせた。
 彼には理想があり、その理想を実現するための労苦を惜しまない。
 実のところ、私には彼の語るそれが正しいものなのかどうかよくわからなかった。けれど、時に熱く、苦い口調で、まつりごとについて語る彼には好感を持っていた。

 飲み干したカップを置いて、私は立ち上がった。館を辞する旨を告げると、目線だけ上げてレムオンが私の顔を見る。
「気をつけていけ。……ああ、それから」
 そっけない口調で、彼は続ける。
「お前は、もう少しこまめにこちらへ顔を出すようにしろ。四六時中消息不明の身内など、エスト一人で充分だ」
 遠回しな言い方に、くちびるがほころぶ。レムオンは私の表情の変化を見てか、わずかに顔をしかめ、困惑したように横を向いた。こんな彼が、私が一度訪れたきりの宮廷では、冷血の貴公子で通っているらしい。
「なんだ、その顔は。だらしのない」
 ぶつぶつ言っているのに、笑みをこらえる。

 黄金色の麦畑と、少し臆病で人の良い村人たちと、やんちゃな弟。
 貴族は、すべてボルボラのような人間なのだろうと思っていた。
 あなたと出会って知ったのは、これまでの私の世界が、いかに狭いものだったかということ。
 この大陸には、私の知らないこと、見たことのない場所が、まだたくさんある。

 世界を見てこいと、あなたは言った。
 その言葉で始まった旅は、いまや、私自身の意志で続けられているのだ。


スタートイベント、ノーブルの反乱の終了後、2ヶ月後くらいのイメージで。
歴史区分1のうちはレムオンには3回しか会える機会がないそうですが、プレイ開始後しばらくは、ほぼ王都ロストールの近くで手紙を運んだり呪われた杖を運んだりで日銭を稼いでいました。で、ちょくちょくリューガ邸に顔を出してはセバスチャンに旅の話を…。実際にはレムオンがその場に顔を出したこともあるだろう、と脳内補完。

2. 旅の仲間

「それで、フリントさんも、盗賊に襲われて死んじゃって……」
 ひとりっきりになっちゃったの。
 大きなひとみの、赤毛がかわいらしい少女は少し声を落としてそう言った。
 おぼえのある名前に、目の前の彼女の姿を、私はまじまじと見下ろした。

 エンシャントのスラム街で、柄の悪い男たちに連れ去られかけていたリルピー族の少女は、ルルアンタと名乗った。それで思い出す。レムオンを陥れようとしていた、エリス王妃の密偵。たしかフリントと名乗っていた彼が、ノーブルの村に居たとき、自分にはルルアンタという連れがいるのだと話していた。つかみ所のない笑顔が、その時だけ本当に愛しげなものになっていたのを、覚えている。
「ねえ、おねえさん、よかったら、ルルアンタを旅の仲間にしてくれない?」
 無邪気な声に思わずうなずいてしまってから、どうしよう、と思った。
 フリントが盗賊に襲われて命を落とした?
 嘘だ。そこいらのごろつきに遅れを取るような男のはずはない。でも、それなら。
 どうして今この時期に、フリントは死んだ、いや、……殺されたのだろう?
 宿屋で、涙で目を赤くしたルルアンタを寝かしつけてから、寝台の上で私は考え込んだ。
 フリントの死について、もしかしたら、と思うことは、あの人に対する侮辱になるのだろうか。
 エストへのまなざしに、身内に対してはそんなやさしい顔もできるのだと知った。フリントに利用されていた私を始末せず引き取ってしまったりして、意外に非情になりきれないのだということも。
 レムオンはそんなことをするような人じゃない、と、それでも私は言い切れない。
 私が知るのはあくまで彼の一面であって、すべてではなく、きっと冷徹な為政者としての顔も彼は持ち合わせているのだろう。
 フリントは、ボルボラを暗殺し、そのことでもってエリエナイ公を失脚させようとしていた。もし彼が己の地位を守るためにフリントを…殺すよう手を打ったのだとしても、それはきっと、彼の生きる世界においては当然のことなのだろう。

 そう頭でわかっていてもなお。
 目の前で、己の養父の死に悲しむ少女を見れば、彼の仕業でなければいい、と願う自分がいた。


 翌朝ギルドで受けた荷運びの仕事で、初めてアキュリースに行った。
 船で出会った清水のようにたおやかできれいな水の巫女に、思わず見とれる。
 となりでチャカが私の顔をじっと見、水の巫女の顔を見、あからさまなため息をついたので、とりあえずげんこつを落としておいた。
 娘らしい装束に憧れを覚えないわけでもないけれど、私には似合わないとわかっている。彼女のように、それが似合う人を見て目を楽しませる。それでじゅうぶん。
 ギルドに顔を出す。見せてもらった仕事の一覧の中に、ロストールまでの護衛があった。それ以外の依頼は、私たちにはどれも少々荷が重そうだ。
 私は護衛の仕事を受けることにした。
 あの人に会って、何を問うつもりなのか、言うつもりなのかは自分でもわかっていない。


このイベントは、本当にどきっとしました。後日ぱら読みしたエンサイクロペディアでは、実はタルテュパの仕業だった、という使われなかった裏設定が……みたいな話もありましたが。
護衛仕事をエンカウントなしで成功させるには、ゴブゴブ団イベントが発生していてはダメ、という話を聞いたので、聖杯探索をほっぽらかしてふらふらし続けている日々です。

3. 衣装だんすの向こう側

 久々のロストールは、まだ自分の故郷と言えるほどには馴染みがないけれど、それでもやっぱりほっとする。とりあえず仕事の完了報告にギルドへ行ったところ、馴染みになってきたマスターが難しい顔をしている。指差された張り紙を見て、かるいめまいを覚えた。
「わるいきぞくがわたしのおにんぎょうをとっていってしまいました とりかえしてください スラムのハンナ」
 ……貴族が? スラムに住んでる小さい子のお人形を奪い取った?
 どういう貴族なんだろう、それは。呆れて二の句が継げない。最近は貴族と言えばあの兄の印象が強かったせいか、衝撃もひとしおだ。
 取るもとりあえずスラムに行くことにする。途中の中央広場で、銀髪の少し変わった少年と、気位の高そうなエルフが言い争っているのに行き会った。エルフの青年が物騒な気配を放っていたので、思わず間に飛び出すと、闇落ちがどうとかで、なぜだかエルフの青年にお礼を言われる。きつねにつままれた気持ちで少年をふり返れば、どうして首を突っこんだのかと文句を言われた。なんだ、普通の言葉も話せるのか。てっきり、あんな時代がかった物言いが素なのかと思った。素直な感想を述べると、あきれた顔をされる。
 立ち去りかけた彼に名前を聞けば、きちんと答えてくれた。救世主エルファス。……素の口調でそういう名乗りをするのって、………あんな格好をしているくらいだし、恥ずかしくないんだろうな、きっと。

 ようやくスラムにたどり着く。とたん、おびえた顔の女性に袖を引かれた。最低貴族のタルテュパが来るから、隠れた方がいいとのこと。引っ張り込まれた小さな家の中では、おびえ、いきどおり、憎しみに顔をゆがめた人たちが、息をひそめていた。
 小さな声で吐かれた、彼らの貴族への非難を聞いて、同意しかけてから自分もその称号を持つ者なのだと、今さらながらに気づく。……なりゆきで得た身分とはいえ、これは、私への言葉でもあるんだ。
 自らの肩書きを、どこか人ごとのように思っていた自らに落ちこむ間もなく、外から男の甲高い叫びが聞こえてきた。
「くそっ、隠れやがって。陰で俺のことを笑ってやがるんだな!? このクズどもが、俺は名家リューガ家の出なんだ。お前らとは格が違うんだ! それなのにバカにしやがって…」
 耳障りなその声を半分聞き流していた私は、そのうちのある一言に思い切り飛び上がりそうになった。
「ああ、こんなときにゼネテスさんがいてくれたら……」
 なげく女性は、幸い、私の反応を見てはいなかったようだ。
 リューガ。つまりこの癇に障る声の主は、レムオンの身内ってこと?
 私が呆然としているうちに、男の声はますます狂気じみた響きを帯びていく。
「リベルダムから取り寄せた、戦闘用モンスターを連れてこい!!」
 我に返る。そんなものを、本気でここの人たちにけしかけるつもりなの!?
 私は、とっさに扉へ突進した。あわてて、女性が私の腕に手をかける。
 死ににいくようなものだと止める声に、ふり返る。そのひとみは、私が貴族へ逆らうことへのおびえでなく、私の身を心配する色を宿していた。少なくとも、私にはそう見えた。
 貴族には逆らえない、あきらめろ、と言う別の青年に、私は勢いよく首を振った。
 あきらめない。私が貴族だから、そう思うんじゃない。
 自分の持つノーブル伯の身分がどれほど危ういものか、知っている。
 それでも、私は、こういうふうにしか生きられない。
 そして、その生き方をけして後悔しない!


 タルテュパの戦闘モンスターは、ノーブルの村でレムオンが一刀のもとに切り捨てたそれと同じものだった。もちろん私の腕では彼のようにはいかず、モンスターが崩れ落ちた時には、私の方も膝をつきそうになっていた。けれど、まだタルテュパがいる。倒れるわけにはいかない! 気力でそちらへ足を踏みだしたところで、背後から低めの、けれど軽い調子の声が届いた。
「よ、正義の味方さん」
 バカにしたような呼びかけに、ふり返る余裕はない。まったく気配に気づかなかった。いつからそこに? 意識だけをそちらに向ける。
「俺はゼネテス。冒険者だ。お前さんは?」
 彼が、スラムのひとたちが頼りにしているゼネテス。なんとか名乗りを返せば、男がふぅんと鼻をならすのが聞こえた。
「ミシェル、ね。まぁ、よろしく」
 タルテュパがまた何かわめいている。私は、必死に剣を抜いた。振りかざしたその虚勢に、けれど彼は目に見えて怯え、逃げていってくれた。……助かった。
「タルテュパ=リューガ様の力を… お前がクズだってことを… 痛いほど思い知らせてやる!」
 遠くなった彼の捨てぜりふで、膝をつきかけた体が、突き上げる怒りに持ち直す。
 あの人の姓を、そんな名乗りに使うなんて、許せない!
 とうに見えなくなったタルテュパの代わりに、残ったごろつきを締め上げる。剣を喉元につきつけて聞き出した内容に、私は泣きたくなった。
「盗んだ人形を王女様にプレゼントか、粋な話だな」
 ゼネテスが、ひょうひょうとした口調で茶化すのに、うなずいてみせる気力もない。
 しばし考える様子を見せた後、彼は緊張感のかけらもなく言った。
「やっかいな話だなぁ。どうする、ミシェル?」
 どうしてだろう。試す口調だと、思った。じっと見つめる私の前で、男はかるく両手を広げてみせた。
「手がないこともない」
 彼が告げたのは、王族専用の秘密通路の存在。手渡されたのは、そこへいたるための鍵だった。
 使ってみるかと問われ、私はうなずいた。正直突拍子もない話だし、どうして彼がそんな、という思いももちろんあったけれど。
 真正面からのぞきこんだ男のひとみは、そのふざけたような態度と真逆に、真摯で。
 その意図はわからずとも、信用していいと、そう思えたから。


 衣装だんすの向こうがわは、別の世界でした。
 やわらかな陽光が、暗く湿った隠し通路を駆け抜けてきた目にしみる。その光を一身に受けて、金の髪の妖精が目の前に立っていた。大きく開いた衣装だんすの前で、目をまんまるにして私を見ている。
 少し話をして、わたしは、いっぺんに彼女…ティアナ王女のことが好きになった。
 度胸があって、愛嬌があって、機転が利いて。
 今度は正面から来てくれ、という言葉は、また遊びにきてください、という意味だと思う。こんなところから忍び込んではレムオン様に迷惑がかかるでしょう、とやさしくたしなめられもして、反省する。……それにしても、自分の名を名乗っただけで、正体が知れるなんて。正直、驚いた。ノーブル伯としての立場なんて、ほんとうに単なる肩書きに過ぎないと思っていたのだけど……これからは、自分がそのように認識されているということを、意識して行動しなくてはいけないらしい。

 ……そして。いまさらだけど私、巨大ミミズの粘液で王女の衣装だんすの中の服、汚してしまったかもしれない。今度、きちんと謝りに行こう……。

 ハンナちゃんに人形を届けたら、すごく喜んでくれた(これは汚さないように、ちゃんと布で包んで持って帰ってきた)。
 ティアナ王女が、ほんとうにごめんなさいと言っていたと伝えると、私が戻るまでハンナちゃんの相手をしてくれていたらしいゼネテスが、よかったなと言って立ち上がった。慌てて鍵の首飾りを返そうとしたけれど、必要ないと固辞された。私ももう、要らなくなってしまったのだけど……
 ハンナちゃんの報酬、3ギアを断ろうとしたら、
「それは受けとるのが礼儀ってもんだ」
 びっくりするほど真面目な声が降ってきた。驚いて見あげたときには、ゼネテスはもう歩き出していた。酒でも1杯やるかな、へらりと言った背中が、建物の陰に消える。
 ハンナちゃんが握りしめていた硬貨は人肌にぬくもっていて、その感謝の気持ちがいっしょに伝わってきた気がした。…彼女にしてみれば、きっと大金のはず。
 なんだか胸がいっぱいになって、ハンナちゃんにお礼を言った。

 ゼネテス。つかみ所がないけれど、悪い人じゃない、と思う。
 ………もしかして彼は、リューガに連なる者としての私のことを、知っていたのだろうか?

 結局、レムオンには会うことはできなかった。仕事が忙しく、ずっと王宮から帰ってきていないそうだ。残念だったけれど、すこしほっとしている自分が情けない。


ハンナちゃんの人形イベント。
ゼネテス登場。第一印象「何この男感じ悪ッ!」……どうも、このイベントより前に知り合いになっておけばもうちょっと態度が変わるらしいですね。その後酒場で何度か遭遇した折には、とても人好きのする感じだったのですけど。まあ、でも、この出会い方も、彼とレムオンの関係やらを鑑みればとても「らしい」感じでよかったかな、と。

4. 家族の肖像

 大騒ぎのあと、疲れきって私は宿屋へと戻った。
 気づけば、いつもさわがしい弟が、宿屋の窓辺からじっと外の暗闇を見つめている。
 気になって声をかけた。とたん返ってきた憎まれ口にも、どことなくいつもの元気がない。景気づけもこめて、五割増の力で後ろ頭をはたいてやる。
「……なあ、姉ちゃん。姉ちゃんは姉ちゃんだよな?」
 不安そうに聞かれて、私はうなずく。鼻をこすって、弟は笑った。
「降ってわいたような成り行きで、姉ちゃんが貴族になっちゃって、俺、ちょっと心配だったんだよ。おかげでボルボラは倒せたし、俺たちの村も、もっと豊かになれる見込みが見えてきた気がする。けど…、けどさ!」
 しゃべりながら、その笑顔がくしゃりとゆがむ。
「姉ちゃん、頼むよ。俺の姉ちゃんだってことを、いつまでも忘れないでくれよ! こんなダサい弟だから、足手まといになったら捨ててってくれてもかまわない。でも、俺、姉ちゃんが俺の知らない人間になっちまうなんて耐えられそうにないんだよ!」
 しゅんと頭を垂れた弟は、それでももういつのまにか、私より背が高くなっていた。
 突然気づいた事実に、言葉もなく私は弟を見あげていた。その私と目があって、チャカは照れたように慌てた口調でつづけた。
「…い、いけねえ、明日からまた忙しくなるんだったよな。貴族のフリをするんだから、勉強もしなくちゃだめだぜ、姉ちゃん。田舎っぽいボロがひとつでも出たら、そこでお芝居はおしまいだからな!」
 私は小さく笑った。手を伸ばして、軽く弟のおでこをはたいてやる。そう、いつもするのと、同じように。
「へへへっ、その調子、その調子!」
 ふざけた調子で言って、弟はまぶしげに目を細めた。
「一緒に行こうぜ、姉ちゃん。一緒にデカいことを成し遂げよう。失敗なんか怖がる必要はないぜ。たとえ貴族じゃなくなったって、姉ちゃんは俺の姉ちゃんなんだからさ」


 小さい頃からずっと、私がこの子の面倒を見てきた。
 チャカ、たったひとりの私の弟。私の家族。私がリューガの姓を受けた今だって、それは変わらない。
 この先、私が貴族どころか奴隷の身になることがあったって、きっとこの子だけは、私に変わらない笑顔を向けてくれるだろう。もしも道を誤ることがあれば、ほかの誰もがあきらめ私を見捨てても、その手を伸ばしてくれるだろう。
 そんな誰かがいてくれるということが、とても得難く、幸せなことなのだと、私は知っている。
 そのときふと、私は、レムオンの怜悧な横顔を思い出していた。
 あの人にだって、そんな弟がいる。知り合って間もない私でさえわかるくらいの、愛情を向けてくれるエストがいるのに。
 どうして彼は、いつもあんな、ただ一人でまわりの世界全てに立ち向かっているかのような、孤独な空気をまとっているのだろう?


チャカ、かーわいい!
ほぼそのまま、イベントの台詞を取りました。チャカって、あか抜けてはいないけれど、愛嬌のある顔立ちですよね。
しかし、このゲームって、最強に盛り上がってる兄妹もしくは姉弟が多いような気が…。セラとシェスター、イズとエルファス、ロイとミイス主人公、ツェラシェルと双子たち。兄妹愛フェチな私は大歓迎ですが。

5. 金の一対

 宿屋でお湯を借りて、身支度をととのえる。
 しっかり乾かしてから、肩口まで伸びた髪を念入りにくしけずった。安宿に鏡はないので、チャカにおかしなところはないか確認させる。
「へ? あえていえば、そんなこと気にする姉ちゃんがおかし…あイテ! ごめん、ごめんってば!」
 まったく、口の減らない弟だ。
「うん、全然おかしくないけどさ……ほんとなんでまた突然」
 言いかけて、チャカは驚愕の表情を見せた。
「……まさか姉ちゃん、オトコができたとかいうんじゃないだろうな!? ウソだろ俺は認めないぞ! こんな姉ちゃんでもいいとかいう物好きがこの世の中にいるなんて…… …あ、いや、なんでもないです」
 失礼きわまりない弟を一睨みして、ティアナ王女に会いにいく旨を説明する。
「……そっか。王宮に行くのか。俺は宿で待ってるからさ。早く帰って来いよな、姉ちゃん」
 わずかに顔をくもらせたチャカを引き寄せて、頭をなでてやる。
「…うわっ!? なにすんだよ姉ちゃん!」
 恥ずかしがって離れた弟は、いつもの調子に戻って見送ってくれた。
「まったくもう。王女さま相手に粗相するんじゃないぜ。おみやげよろしくな!」


 少し迷って、秘密通路から行くことにする。
 忍び込むところを見つかるのも問題だけれど、エリエナイ公の妹が、いかにも金のない冒険者!という格好で正面から王女をたずねるのも、それはそれで体裁が悪いだろう。王女以外の人に会って、うまくあしらえる自信もない。
 ティアナ王女は、またもやたんすから現れた私を笑顔で迎え入れてくれた。ハンナちゃんの人形の件を伝えたと思ったら、誰かが部屋にやってきたらしい。
「どうしますか、ミシェル様? よろしければ、またクローゼットをお貸ししますわ」
 いたずらっぽい目で、ティアナは、うふふと笑ってみせる。ああ、そんな表情までなんてかわいらしい。そんな感想を噛みしめる間もなく、慌てて衣装だんすに身を潜める。
「これは、公爵様。よくぞ、お越しくださいました」
 通りの良いティアナの声。かすかに届いた相手の声に、私は仰天した。
「ティアナ様もご機嫌うるわしく」
 レムオン!?
「さぁ、遠慮なさらずに奥へお入りくださいませ」
 かすかに絨毯を踏む音の後、今度はずいぶんと会話がはっきり聞こえるようになった。
「ずいぶん丁重なもてなしようではないか?」
 怪訝そうな声。ティアナ、私に聞かせるためにこちらまで……? というか、もしかして、この状況をおもしろがってる!?
「お母様ですら一目置くレムオン様のおいでですもの。当然のおもてなしですわ」
「笑える冗談だ」
 ティアナの笑みを含んだことばに、ばっさりとレムオン。
「しかし、どういうものかな? 俺のような者を部屋に入れるとは。フィアンセが聞いたら怒るのではないか?」
 そう、そういえば。フィアンセがどうという問題の前に、ティアナ王女は彼の政敵エリス王妃の娘なわけで。そのはずなのに、これはどういうこと? レムオンの声には、身近な者への軽口めいた響きがあった。
「婚約者といってもお母様が勝手に決めたこと。幼なじみのレムオン様との関係をとやかく言われる筋合いはありません。それにあんな方、ティアナはフィアンセと認めていません」
 答えるティアナは、少しむくれたような声音で告げる。幼なじみ。そうだったんだ。
「やれやれ、エリスも哀れだな」
 かすかに息を呑む。私の耳には、彼の声は、皮肉よりもかすかに安堵を含んで聞こえた。
「ファーロス家発展のために知略の限りを尽くしたところが、娘のわがままのせいでその綿密な計画も水の泡か」
「ひどいわ、レムオン様! わがまま、だなんて。これでも、国のことは、いろいろと考えているつもりです」
「これは失礼、ティアナ王女。さすがは、ファーロスの…」
「ええ、ファーロスの雌狐の娘です!」
 とげのある言葉を交わしていながら、二人のやり取りには、親しみと気の置けなさが見えた。
 リューガ邸の外、宮廷での彼を見たことはほとんどない。ただ、きっと、冷徹な仮面を貼り付け、引き絞られた弓のように気を張りつづけているのだろうと思っていた。
「俺はいつかエリスの専政を打ち破る。そして広場の千年樹に記されたとおり、貴族共和の政治を復活させる」
「悲しいですわ。ティアナはそのとき…お母様と一緒にファーロスの一族として、粛清されてしまうのですね…」
「心配するな。幼なじみのよしみで特別に大きな墓を建ててやる」
「もう、レムオン様!」
「冗談だ。王家と排除するべき敵の区別はついている。ティアナをどうこうするつもりはない」
 こんなふうに、気安い声で、軽口をたたき合う相手がいるだなんて、私は思ってもみなかった。
「ふふ、大事な幼なじみですものね」
「そうだな。大事な幼なじみ…だからな」
 無邪気に笑うティアナ。応じた彼の言葉に、かすかにこもったものは逡巡だろうか?

 しばらくして、彼は退出していった。
 屈託なく、また来て欲しいと頼んできたティアナにもちろん私はうなずいた。

 かわいくて、やさしくて、賢いティアナ。
 私は彼女のことが好きだ。きっと、レムオンもそうなんだろう。王宮で、彼が心安くいられる相手がいるのはいいことだ、と思う。
 けれど、一抹の不安が宿るのを、私は止めることができなかった。
 政争に勝利し、己の理念を現実とするために、非情であろうとしているレムオン。
 だのに気に入った相手には、とたんにその装いが保てなくなるから、ことさらに他人と距離をおこうとしているのじゃないだろうか。

 敵対勢力の最たる王妃と、その娘であるティアナ王女。
 そこにあるひずみが、彼の足を取ることがなければいい。


いくら公然の秘密で、おさななじみ相手とはいえ、ファーロス家と王妃への叛意を王女相手にぶっちゃけるレムオンに仰天しました。
権謀術数を遊技のように楽しむ一方で、無防備に友人を信じ己の理想を熱く語る。その双方ともが、いっけん老獪に見える彼の若さというか、青さのあらわれなのかな、と。
ちなみに私はエリス王妃大好きです。私人としての彼女も、政治家としての彼女も。

6. 夢のかたち

 アルノートゥンのギルドで受けおった仕事、南の谷にはびこるウッドローヴァーの討伐を果たして、その報告で街に足を踏み入れると、神官イオンズが、いつもの門の上から笑ってこちらに片手を上げた。
「おお、久しぶりじゃの、ミシェル」
 門の下の通りでは、これまたいつものように、小さな黒い翼のイズキヤルと、子供たちが走り回っている。
 石段を登って、私は彼の隣に座り、いっしょにその光景を眺めた。
 目を細めて見ている姿が、まるで父親のようだと言ったら、イオンズはびっくりしたように目を見開き、それから照れたように笑ってみせた。
 チャカはオヤジ趣味もあったのかなんて軽口を叩いていたけれど(もう二度とそんな口がきけないようにもちろん教育的指導済み)そういう変な意味でなく、私は彼のことが好きだ。

 私がつい数日前にこちらを尋ねた折には、イオンズは街にいなかった。どこへ行っていたのかと尋ねてみると、彼は軽く息を吐いた。
「ああ、それか。最近はいにしえの怪物たちの目覚めが多うてな。あちこちから呼び出される。封士イオンズ様も仕事が多いわ」
 口調は冗談めかしていたけれど、その表情は浮かないものだった。
 どうやら、封じられていた怪物を目覚めさせ、彼らが人を襲うようにけしかけている何者かがいるらしい。そう語るイオンズの口調には、その元凶への憤りと、人を恐れ、憎まずにはいられなかった怪物たちを悼む気配があった。

 冒険者として、私はしばしばダンジョンを訪れる。そして、人に危害を与える化生を滅し、あるいは侵入者である私を襲う魔獣を殺してなにがしかの品を持ち帰ることで、生活の糧を得る。そのことを恥じるつもりはない。誇るべきこととも思っていない。それはただ、私が、そして人間が生きるために、必要なことをしているだけなのだから。
 人間を襲う怪物たちと、怪物たちを殺す人間。そのどちらも「悪」ではない。けれど、だから共に生きよう、と言うならば、どれほどそれが難しいことかなんて、駆け出し冒険者の私にだってわかっている。

 夕暮れの街を、イズキヤルが、歓声を上げる子供たちを追って飛んでいく。
 怪物と話し合うことを選んだ神官と、その手を取ったティラの娘。
 この旅で、いつか自分だけの夢のかたちを見定められたならば。イオンズのような、夢を夢で終わらせないだけの強さを持ちたいと、私はねがっている。


オヤジ萌えなのは主人公ではなく私です。イオンズさん格好いい……!
アルノートゥンで討伐依頼の仕事を受けると、色々複雑な気持ちになります。

7. ストレイ・キャット

 古都エンシャントへ来るのは久しぶりで。
 あまりにも久しぶりすぎて、私はギルドの場所を忘れてしまっていた。
 ……だいたい、この街はおかしいと思う。どことどこの通りがつながっているのかがさっぱりわからない。方角から当たりをつけて目的地を目指しても、いつのまにか元の方向へと歩いていたりする。悪いのはこの街の構造であって、けして私のほうではない。
 そういうわけで、私はギルドへの届け物を抱えて、とぼとぼとスラムをさまよっていた。
「どけっ!」
 突然、後ろから突き飛ばされる。なんとか態勢を立て直して見やれば、私の進行方向、辻の真中に老人が一人立っていた。その周りを、先ほど私を突き飛ばした輩を合わせ、三人の兵士が取り囲む。
「老いぼれに手荒な真似はしたくないが…従わぬのならば、容赦せんぞ!」
 兵士が腰の剣に手を掛ける。彼らのまとう殺気に、私はぎょっとした。本当に抜く気だ!
「容赦せんか…。ふっふっ、恐ろしいの」
 兵士の囲みのなかから、場違いに落ち着いた声が上がった。
「エンシャントでは、老人をいたわらんらしい。嘆かわしい世の中じゃ」
 ひょうひょうとうそぶくその老人には、スラムという場所に似つかわしからぬ品格があった。
 まっすぐ伸びた背筋に、深い知性を宿した瞳。まとう古びたローブは、それでも上等なしつらえだとわかる品だ。口元にたたえられた皮肉げな笑みには、この状況を面白がっている気配さえ見て取れた。
 ふいに、そのまなざしが私に向けられた。
「のう、そう思わんかね、そこの若いの」
 にやりと笑った老人に刺激されたか、兵士の一人がとうとう剣を抜く。あわてて、私は老人と兵士の間に飛び込んだ。
「貴様、本官に逆らうか!! …殺してもかまわん、排除しろ!」
 彼らのぎらついた目に、話をする余地はないと悟って、私は剣の柄に手を掛け………
 そこで血の気が引いた。そうだ、ギルドへロクシャの墨を届けに行くところだった!
 とっさに、ハイスペルを詠唱する。呪われた状態で、複数相手に立ち回れる自信はない。ごり押しの範囲魔法で、相手の戦意を失わせることができれば……!

 数秒後。私の前には、しっちゃかめっちゃかになって転がる兵士たちの姿があった。
 ……ここまでやるつもりはなかったのに。
 どうやら、彼我の力量の差は、私の思うよりもずっと離れていたらしい。
 呆然とする私に、後ろから笑いを含んだ声がかかった。
「礼を言わせてもらうぞ。しかし…ふふ、余計なことをしたものじゃ」
 老人は、今は亡き魔王バロルに仕えていた、妖術宰相ゾフォルと名乗った。
 ……恥ずかしながら、私はあまり学がない。
 反応を求められているような気がしたので、私は正直に、有名人らしい彼の名を知らないことを白状した。後できちんと調べておくのでと詫びたところ、老人は目を見開いた。続いたのは、声を上げての大爆笑。
 ひとしきり笑ったのち、老人は自分の隠れ家に来るかと訊いてきた。好奇心半分、この場から早く立ち去りたい思い半分で、彼の後ろについて路地を曲がる直前、ふり返れば兵士たちはいまだ昏倒していた。

 ……昏倒ついでに、いまの一幕も全部夢だったと思ってくれるとうれしいのだけど。


エンシャントのギルド。
見えにくい隅っこにあるせいで、しばらくその存在に気づけず、この街のギルドはどこにあるんだろうとずいぶんさまよう羽目に…。
そもそも、この街のマップのつながり方は本当によくわかりません。マップ右端に行ったはずが、どうして次のマップの右側から出てくる!? ザギヴ様参りのおかげで、ようやく墓場への行き方だけは覚えました。


以下続く!……といいな。

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